●中国の介入により揺らぎ始めたASEANの統一性
次に東南アジアです。大きくいうと、3つあると思います。1つは、ASEAN(東南アジア諸国連合)の漂流です。その意味とは、中心性が揺らいで、統一性を失ったということです。
この理由は単純です。もうずいぶん前の話ですが、1997年から1998年に東アジア経済危機がありました。その時にアメリカのクリントン政権は、非常に露骨に、危機に陥った国に介入しました。例えばマレーシアにおいては、マハティール氏をとにかく辞めさせることが改革だという立場を取りました。また、インドネシアについては、スハルト氏が辞めることが改革だという立場を取りました。そうやって口を出した一方、例えばタイには一銭もお金は出しませんでした。それに対する反発が非常に強くて、その中でいわゆる「東アジア」という言葉が重要になりました。そして、ASEAN+3やASEAN+6が生まれました。これはのちにASEAN+8になって、いわゆる「東アジア首脳会議」となります。
こういうものは全部2000年代にできるのですが、2010年くらいからだんだんとASEAN+のプロセスが、中国にとって使い勝手が悪くなってきます。特に南シナ海での領有権問題で、アメリカや日本、オーストラリアがいる場で批判されるのを非常に不愉快に思うようになります。結局、2012年にASEANのプロセスに介入して、ASEAN+のプロセスがあまり対中批判できないようにしてしまいます。
同時にASEANの国々から見ると、南シナ海で領有権問題を持っている国と持っていない国では、当然のことながら利益が違うので、そこでも対応が違ってきます。こういうことが理由になって、だいたい2010年代に、次第にASEANは統一性が失われ、ASEAN中心の地域協力のプロセスもうまく機能しなくなっていきます。
まず、インドが抜けたので、ASEAN+5になりました。(2022年)1月に「RCEP(地域的な包括的経済連携)」という広域の経済自由貿易協定が発効します。私自身は、もうこれでASEAN+のプロセスは打ち止めになると考えています。
●ASEAN諸国の政治的特徴と今後の動向
ASEANがASEANとしての地域協力の枠組みにならなくなったら何が起こるかというと、当然のことながらそれぞれの国が重要になります。日本から見ると一番重要なのは、南シナ海の安全、安定に非常に重要なベトナム、フィリピン、そして東南アジアの大国であるインドネシアになります。
ただし、日本ではあまりいわれなくて、世界的にも注目されませんが、実はASEANの10カ国を見ると、大陸の国は押しなべて権威主義的な体制です。ベトナムのように一党独裁の国もあれば、カンボジアのように単なる独裁の国もあります。また、タイのように一見民主主義的な体裁を取りますが、実際には軍事政権の国もあります。ミャンマーも今はクーデターでできた政権ですが、おそらく近い将来、公平でも自由でもない選挙をやって、自分たちは民主主義の国であるという体裁を取るでしょう。しかし、実際はそうではありません。そういう国がずらりと大陸に並んでいるのです。
それらがどこまで民主主義であるかは、なかなか議論が必要です。少なくとも、選挙をきちんとやって、議会もそれなりに機能して、選挙で選ばれた大統領あるいは首相が国政を担う体制は、少なくともフィリピン、インドネシア、マレーシア、そしてシンガポールなど海洋のほうではあります。どのくらい民主主義かという議論をやり始めると非常に難しいのであまり言いませんが、こうなっています。そういう中で、長期的にいえば、やはりタイとミャンマーが民主化するかどうかは非常に重要だと私は考えています。
●ASEAN諸国とのつながりを強める中国とアメリカとの覇権争い
中国がどのくらい力を入れているかは、中国の輸出が、もうすでにEUやアメリカに対する輸出よりも、ASEANに対する輸出のほうが大きくなっていることでよく分かります。
これは一帯一路でどのぐらいのお金を中国が貸しているかを示したものです。GDP比で見ると、(スライドにあるように)このくらい貸しています。
その結果、中国とアメリカのどちらを選ぶかは、国によってだいぶ分かれ始めてきています。押しなべていうと、海洋のほうはどちらかというとアメリカで、大陸のほうは中国という感じになってきています。マレーシアだけは少し違います。なぜかというと、マレーシアには中国語を母語とする中国系の華人が、まだかなりのパーセントでいます。この人たちはどうしても、いろいろな大陸発のものを読んだり見たりするのでこういう結果になっています。