●悪い官僚機構はリバイアサンである
執行 ロシア人が今言っているロシア的な生き方とは、戦前の日本で言えば「国体」なのです。日本の東條英機や阿南惟幾が言っていたのは、戦争に勝つか負けるかではない。日本人が、先祖のような国体を守ったまま(生きる)。このままだと国体を持ったまま生きられないということです。
―― そうですね。同じなんですね。阿南が言っていたことと。
執行 そう。「国体」という言葉を使わないだけで。でもまだロシア人の場合なら、もう少し心が大きいので安心感もありますが、プーチンはいけません。ノーメンクラトゥーラだから。ノーメンクラトゥーラという言葉を今の人はもう忘れたでしょう。私が若い頃は、ノーメンクラトゥーラは世界悪の……。
―― 赤いノーメンクラトゥーラと言った。
執行 そう言いました、みんな。
―― 私もよく(言いました)。
執行 結局最後は、そいつらがソ連を潰した。
―― 潰したけれど、生き残っているわけですね。
執行 生き残りが大統領になってしまった。あれは大失敗ですね。
―― その仕組みの中で育っていますからね。
執行 ノーメンクラトゥーラは、ズル賢さだけはすごいですから。自分たちの権力を守るのは。だから、あの毒殺ではありませんが、一回、大統領になったら、抵抗する人は全部殺されているでしょう?
―― はい。
執行 よく言われています。だからもう、ちょっと大変です。トップがノーメンクラトゥーラというのが、ものすごく私は不安です。あのバカな官僚ですから、硬直した。ノーメンクラトゥーラは官僚主義の最も悪い、世界一の例ですから。スターリンが、それを作ったわけです。スターリン時代にできあがったのです。
―― レーニンから移る過程の中で、別物ができたわけですね。
執行 レーニンは革命家なので、もっと理想を生きた人間ですが、彼の子分からが悪いのです。レーニンの本を読むと、レーニンはスターリンを本当は外そうとしたのです。遺言にもありましたが、それ自体を全部隠されて、利用された。意識不明なところでお見舞いと称してレーニンのところに行って、後継ぎということで全部うまくやった。
レーニンがスターリンを左遷させたというのは、証拠書類が残っています。今はもう出てきていますか、当時はそれをスターリンが(隠した)。レーニンはスターリンの危険は分かっていたわけです。
―― 革命家として、あそこまでやる人だから。
執行 やはり革命家はロマンチストだから。ノーメンクラトゥーラなんか作りません。
―― そうでしょうね。危険性もよく分かっていたのですね。
執行 そいつらが危険だということを。(『旧約聖書』に出てくる怪獣の)リバイアサンではないですが、悪い官僚機構を作ったら、それは一つの化け物ですから。
―― やはりリバイアサンなんですね。
執行 ホッブズの言うリバイアサンが、あれなのてす。
―― 確かにそうですね。ホッブズの言う通りですね。
執行 今は忘れてしまいましたが、私の学生時代や20代までは、まだソ連がありましたから、ノーメンクラトゥーラはとんでもない権力を持って、最後は自分の国も食い物にして潰すだろうと、多くの論客が言っていました。私もそう思っていた。すると本当にそうなった。だからソ連は、潰れたのではない。自分で潰したのです。
―― なるほど、自滅だった。
執行 自滅です。
―― だけどソビエトのノーメンクラトゥーラとロシア人は、まるで違うから。
執行 これは別物です。ノーメンクラトゥーラは、ロシアの官僚機構としては昔からなりやすいもので、帝政の絶対権力の悪さです。ロマノフ王朝の頃もあって、反対者を全員シベリアに流した。ドストエフスキーも流された。あれのもっと強力なものです、ソ連のほうは。
―― まだロマノフ王朝のほうが、ましだったわけですね。
執行 ソ連から見たらロマノフなんて、さすが王朝だけあって人がいい。スターリンの残酷さから見たら。スターリンは育ちが悪いですから。
―― 確かにそうですね。
執行 ロマノフは代々続いた王家で、坊っちゃんですから、やっても限度があります。
―― 限度がありますね。でも、育ちの悪いスターリンになると限度がないわけですね。
執行 そう。疑いも。
―― 猜疑心も強い。
執行 私はウクライナ問題は希望的観測は持ちたいですが、アメリカがあんまりいい気になっていると、本当に第3次大戦になる可能性あります。もうちょっと人材もいるとは思うし、私もそんなに詳しいことは知りませんが。
●なぜ人類の長い歴史のなかで戦争が絶えることがないのか
―― でも先生の見立ては鋭いです。
執行 鋭いかどうかは分かりませんが、とにかくアメリカがそれに気がついて、締め上げを緩めればいい...