●戦況の拮抗を破るのは「必勝の信念」
―― なるほど。でも三方ヶ原の戦いで武田信玄の(陣容)……。
執行 作用・反作用の話ですね。あれは作用・反作用の最後の形で、必ずあの形になります。戦争史は必ずあの形(鶴翼と魚鱗)になる。戦争で勝つ方法は、2つなのです。包囲殲滅するか、中央突破して各個撃破するか。それをやったのが三方ヶ原です。 武田軍が魚鱗の形、三角形で中央突破をしようとした。それを徳川軍が囲んで、輪を閉じて武田軍を殲滅しようとした。
―― 包囲殲滅。
執行 勝ち負けはあるけれど、必ず勝ち負けの少し手前の状態。関ヶ原やアウステルリッツ(の戦い)など戦史を研究していくと、全部そうです。50グラムと50グラムで、まったく圧力がゼロになる。
どちらも有利といえば有利、不利といえば不利。どちらが勝つか誰もわからない。だから、勝つのは本(『生くる』)にも書いたように、司令官の信念です。司令官が「絶対勝つ」と思っているほうが、必ず勝つ。
―― 危機と好機が紙一重なんですね。
執行 そう。私があの本でいいたかったことは、勝つほうも負けるほうも必ず同じ形になるということです。勝つと思っている人間は、必ず勝つ。負け犬、「負ける」と思っている人は、必ず負ける。だから日本はもう永遠にダメです、戦争は。
私は右翼といわれてきた男ですが、憲法9条が日本を守っていると思っています。今、憲法9条がどうのこうのといっていますね。
―― はい。
執行 若い頃はもちろん憲法改正派でした。でも今は、この国を守っているのは9条だと思います。左翼的な意味ではなく、日本人は、もう戦うことができない。無理。「戦いをしてはいけない」という憲法があるから助かっているのです。
私はそれを60歳を超えてから思うようになりました。60歳までは憲法改正をずっと声高に叫んでいた。それはそうです、アメリカから押し付けられたものなのですから。でも、「あれ?」と思って気がついたら、「いやあ、これは日本は守られてきたなあ」と思った。そのくらい日本はダメなのです。
―― もう戦えないですね。
執行 「絶対に勝つ」という信念の司令官が、日本には1人も生まれない。これだけは私が保証します。私がなれば勝てます、多分。でも私はなれない。私を司令官にしてくれる社会ではないので。
昔のローマ帝国が強かった頃なら、素人でも誰かが「才能がある」と思えばすぐに連れてきて司令官にするから、そういう時代ならなれるかもしれません。でも今の日本はダメです。
―― 抜擢できないから。
執行 だから、もう無理。憲法9条が、実は最も強い守りになっている。
―― ここまで来たら、もう憲法9条を改正してもらったら困りますね。
執行 ここまで来たら、そうです。こんなに意見が変わるのは、本当に自分でも情けないと思うけれど(笑)。
●オランダ軍に護衛してもらった自衛隊
執行 イラクとの湾岸戦争のときもそうです。覚えていると思いますが、日本の自衛隊が派遣されました。あの自衛隊の装備は、アメリカ軍に次いで世界第2位です。世界第2位の装備を持ってイラクに行ったのです。でも日本は戦争できないということで、護衛された。覚えていますか。
―― はい、覚えています。オランダ軍に。
執行 あれは涙が出ます。オランダ軍に護衛してもらった。オランダ軍の装備は当時、連合国で一番の劣勢です。日本でいうと、小銃だけ。そのオランダ軍が迫撃砲、大砲、戦車、全部持っている自衛隊を護衛した。そして襲われたのです。
―― はい。
執行 襲われて、オランダ軍が追い払った。それで国民が喜んでいる。恥ずかしいと思わない国民なのです。
―― 一発も撃たなくて。
執行 日本よりも全然ダメなオランダ軍に護衛してもらって、テロに襲われてオランダ軍だけが戦って日本の自衛隊は一切手出しをしない。黙って見物していた。それは軽蔑されますよ。
だから私はあのとき、いろいろな社員やお客さんなど、知り合いにはみんなにいいましたが、「あんなに何もしないなら丸腰で行ったほうがいい」と。そうでしょう。
―― それはそうですね。
執行 丸腰なら恥ずかしくない。これをいえば日本の国内で大問題になって、多分ダメなのでしょう。でも、一発も撃てない鉄砲を持ってもしょうがない。
―― 一発も撃たないことを誇りにしているのですから。
執行 そうなのです。誇りにするのですから。
―― これはもう、どうしようもないですよね。
執行 撃てなくて、地団駄を踏んで悔しがるのではない。撃たなかったことで「俺はすごい」だから。しかも勲章までもらっている。
―― 逃げ足が速かったことを。
執行 迫撃砲1発で。
―― これは話にならないですね。
執行 そして逃げ足の見事さが褒められ...