テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録
テンミニッツTVは、有識者の生の声を10分間で伝える新しい教養動画メディアです。
すでにご登録済みの方は
このエントリーをはてなブックマークに追加

作用・反作用の法則…0.01グラムでも力が加われば物事は動く

作用と反作用について…人間と戦争(7)作用・反作用の法則

執行草舟
実業家/著述家/歌人
情報・テキスト
世の中には、作用と反作用という物理学の法則がある。作用があれば、必ずそれとは反対の方向に反作用が生じているという考えである。ということは、自分に対する反対の力が大きければ大きいほど、自分が押している力が強いことを示している。つまり、壁が大きいほど、自分の存在価値も大きいということなのである。逆に反対がないのは、自分に価値がないからである。作用・反作用の法則でいえば、拮抗している力のどちらかに、0.01グラムでも力が加われば、物事は動いていく。つまり、拮抗しているバランスのなかで、0.01グラムだけでも力を足せばいいのである。それが、人間の努力の「コツ」なのだ。コツがつかめれば、壁を乗り越えるのは、たやすくなる。(全10話中第7話)
※インタビュアー:神藏孝之(テンミニッツTV論説主幹)
時間:13:22
収録日:2022/05/19
追加日:2022/08/12
≪全文≫

●壁が大きいのは、本人に価値があるからこそ


―― 先生がここ(執行草舟著『生くる』講談社)に、壁がいくら出てきても、そのたびに乗り越えられると書いていました。

執行 壁が出てくるのは当たり前なのです。(『生くる』を)ちょっと読んでくれたらわかりますが。

―― 作用・反作用ですね。

執行 そう。世の中は作用と反作用という物理学の法則でできています。ニュートンの法則です。50グラムで押せば50グラムで返る。「物事が動く」というのは、「ほんの少しどちらかに傾いた」ということです。崩れるのもそう。良いのもそう。それが0.01グラム(ほんの少し)加われば、物事が動く。その努力が、人生の努力なのです。

 だからまず作用と反作用がこの世にあり、われわれの人生は「作用・反作用の法則に支配されている」ことがわからないとダメです。これがわかると『生くる』にも書いたように、まず「運が悪い」とか「自分が損した」といったことはなくなってきます。どちらにしても、受けるからです。

 本にも書きましたが、これを昔は「人間の成長」といいました。壁や反対が大きいほど自分が押す力が強くなります。だから昔の人は、反対が大きいほど誇りが出たのです。へこむのではない。反対が出ないことは、ありえませんから。そして「反対が大きいほど、自分の存在が大きい」ということなのです。西郷隆盛クラスになれば、もう巨大です。

―― 確かにそうですね。

執行 別に本人が何をしたではない。もう存在が巨大なのです。このへんを今の人は本当にわからなければダメです。壁が大きい。嫌なことが大きい。失意が大きい。だとしたら、それは本人に価値があるということなのです。

―― バリューがあるわけですね。

執行 そうです。今はみんな幸福です。不幸な人は、あまり見たことがない。みんなマイホームで「僕の家、最高!」などといっている。表面上は仲良くて、女房とも喧嘩したやつはいない。親子も言い争わない。喧嘩もない。昔の夫婦なんて、喧嘩をしない日はありません。話したことがあると思いますが、私の家は大変でした。人助けで(笑)。逃げてくるやつを匿うので。

―― なるほど(笑)。

執行 昔はそうです。でも、昔の家族は「絆」が強いでしょう。

―― 強いですね。

執行 そうなのです。殴り合いの喧嘩をしていても強い。違いはそこなのです。今は幸福で平和になり過ぎている。だから壁はなくなってきている。でも、壁がなくなるということは、実は「自分に価値がなくなってきた」ということなのです。

―― そういうことですね。

執行 それをわかれという話です。だから反対に、壁が出てきたら、自分の言動や存在に、何か作用が出てきたということです。

―― 価値が出てきた。

執行 作用イコール価値です、人間存在の。例えば私だってこうして発言すれば、若い頃はみんなから右翼といわれていました。「あの右翼野郎」「執行、ああ、あの右翼か」と。それは私の発言です。右翼だろうが何だろうが、私の発言には価値があったのです。

―― そうですね。影響力があった。

執行 武士道だから、当時は右翼といわれる。

―― はい。

執行 今はさっぱりなくなった。みんな丸く収まってしまって。私は今71歳ですが、私が高校生までは文学論でみんな殴り合っていました。私も殴り合いの喧嘩をした人は何十人もいますが、みんな文学論や意見の対立です。もう1件もないでしょう。

―― 文学論自体がないですね。

執行 ないですよね。だから意見も何もない。では、文学をなぜ読まなくなったかというと、いろいろな人にいっていますが、「人生の問いを得ようとしていない」からです。文学とは簡単にいえば「愛とは何か」「生きるとは何か」、そういう問いを得るために読むのです。

―― 確かにそうですね。

執行 だから今は必要とされていないのです。問いが要らないから。問いがあると、作用が出てくる。「愛とは何か」と考えただけで、存在の中にエネルギー作用が出てくる。例えば、奥さんの反発が出る。「ん?」という(笑)。「なんかこれ、おかしいぞ」みたいな。でも、それが本当の夫婦なのです。

―― そうでしょうね。でも、問いがないと、それは読まないですよね。

執行 そうです(笑)。

―― 問いも出てこなくなりますね。

執行 私の青春時代までは、みんな誰でもそうで、思春期はそういう問いを持ちますよね。「こんなことでいいのだろうか」「友情とは何か」「愛とは何だろう」「生きるとはどういうことだろう」。そうするとどうしても、昔の偉大な文学になるわけです。

―― 確かにそうですね。

執行 それで読む。私もそうです。

―― でも最初から天井が低くて小さい幸せでやっていたから、文学が要らなくなったのですね。

執行 だから、...
テキスト全文を読む
(1カ月無料で登録)
会員登録すると資料をご覧いただくことができます。