●「埋もれた好奇心の発掘」が不可欠な大人の学び
―― 柳川先生、(為末さんから)遊びにおける主体性あるいは好奇心という非常に重要なキーワードが出てまいりましたが、いかがお考えでしょうか。
柳川 そうですね。学びの本質は、やはり「好奇心」だと思います。私も、これが非常に重要なキーワードだと思っています。そして、好奇心があるから遊びが出てくるわけです。なので、「では、好奇心はどうやったら生み出されますか」というのが、なかなか難しい質問になります。
ところで、多くの小さい子はみんな好奇心の塊です。大人に「なぜ?なぜ?」と、どうして、こんなふうになっているのかを訊くわけです。それがだんだん大きくなってきて、先の話のように「お受験」のような時期になる。そうすると、「そんな質問をしている暇があったら、この問題を解きなさい」と言われ、どんどん好奇心の芽を摘まれていく、というより埋もれさせていっているのだと思います。
だから、大人の学びで大事なことは、埋もれてしまった好奇心をどうやって改めて掘り起こすかということ。結局のところ、ここに尽きる気がするのです。そして、自分の好奇心のままに、いかに関心を広げられるか。
今日いらっしゃっている方は、こうしてわざわざ足を運んでくださっている以上、好奇心がとてもおありの方だと思うので、あまりそこは心配しなくてもいい気がします。しかし、世の中的には「好奇心が大切」と言われても、「何が面白いか、何が楽しいか、よく分からないのです」というようなことがあり、ここを呼び起こすのは結構大事なことだったりするわけです。
●学びの仕掛けの必要性――タガを外し、強制的によそ見する
柳川 もう一つは、主体性というときには、ある種のタガをはめられていることが多い。これも大人の一つの特徴で、先ほどいわれた仕事とか、「何をやらなければいけない」とか、「何かを求められる」ということでタガをはめられているがために、好奇心がなくなっている面、主体性がなくなっている面が、相当あると思います。
もう少し「自分が」ということを考えて、そのタガを外してみることが大事で、それが今日申し上げているアンラーンということに結局通じるのです。知らず知らずにタガをはめていませんか。あるいは「知らず知らず」ではなく、タガをはめられていることを認識していて、それがとて...