これからの時代は、「次の時代は何が来るのだろう」と予測して合わせていく学びではなく、好きを探求していくことになってくる。そう答える為末氏。一方、柳川氏は、「深める」と「広げる」は矛盾しているようで矛盾しないとして、深めることが広げることになる二つの側面について丁寧に語る。それぞれどのような意味が込められているのか。最終話では、これからの学びについて非常に興味深い二人の話をお届けする。(全6話中第6話)
※インタビュアー:川上達史(テンミニッツTV編集長)
※収録時の事情により、一部動画内に揺れが生じている箇所がございます。ご了承ください。
≪全文≫
●これからの学びは、予測に合わせるのではなく好きの追求
―― 最後のまとめとして、「広げる」「深める」というところに話を持っていきたいと思います。もともと「広げる」と「深める」では逆のことを訊いていますので、まとめるのも大変だろうと思いますが、そのあたりはいかがでしょうか。為末さんから、お願いいたします。
為末 多分ポイントは「好きを追求する」ということと、「自分の好きにとらわれないで、いろいろなものを見てみる」ということのバランスだろうと思います。
でも、私が前半に申し上げた、「好きなことがあったら、それで幸せではないですか」というのも真のような気がします。それはどういうことかというと、好きを掘り下げていったことがいったいどこで自分の人生に生きてくるか分からないし、たとえ生きなくても、それで結構幸せは担保される気がするのです。
どういうことがいいたいかというと、リスキリングをしたり、アンラーンをしたりしていくときに、「次の時代は何が来るのだろう。そのために必要なスキルは何だろう」と考えることと、「自分が好きを追究していたら、時代が合ってきた」という二つの方向があるとして、どうも前者は難しいのではないかと思っているわけです。
今、うちの子は小学生ですが、小学校の先生が10年後の世の中の変化を見越して、子どもたちに何か教えられるのか。AIなどが出てきた現在、10年後の世の中がどうなるかを分かっている人はもはや世界中どこにもいないはずです。そうするともう、未来から逆算して当てにいく学びということの意味がなくなってきます。
一方で、よく分からないけれど、厚底スパイクがすごく好きだからと掘り下げていったら、あるときに「厚底スパイクのことを知るには、あの人しかいない」となってくる。でも、それは「いつか厚底スパイクの時代が来るから学んでおかないと」と思ったわけではないのです。好きで追求していたら、時代がたまたま合ってきたわけです。
これからの時代は、「次の時代は何が来るのだろう」と予測して合わせていく学びではなくて、好きを探求していくことになってくる。ただ、一方で、柳川先生が言われたように、自分自身という存在を時代や周りに決めてもらうところから、こちらにボールを持ち直し、もっと速いスピードでクイックにやっていく。なんとなく、そんなやり方になっていくのが...