●個別の経験を抽象化して「モデル化」する
―― (前回は為末さんから)身体的なお話がありましたが、学びの世界、知の世界にそういう境地があるのかどうかというところです。柳川先生、ずっと学問を追究されてきたお立場としてどのようにお感じになりますか。
柳川 「何も考えずに論文が書けたことがあります」と言えるといいのですが、そんなことは残念ながらなくて(笑)。「実は突然、手が勝手に動いてくれました。論文書けました」と言えると、いいのですけれど。
冗談はさておいて、その前の「型」についてです。先ほどは、ある種の好奇心の話をしましたが、学びの一つのポイントは、やはり型にはまった思考のトレーニングをするということでもあると思います。
やや抽象的な言い方をすると、(われわれは)いろいろな経験をしたり、読んだり、見たりするわけですが、それを一般化したり、抽象化したり、あるいはもう少し私たちの分野に寄せると、「モデル化」したりする。このように個別事象を少し抽象的な塊として理解できるようになるというのが、「型」の部分だと思います。これが、私は非常に重要な学びのポイントだと思っています。
この後でリスキリングの話が出てくると思いますけれど、社会人のリスキリングは最近流行りの言葉なので、どちらかというと、皆さんがプログラミングを学ぶなり、今はAIの時代だからAIを使いこなせるようになりましょうということをリスキリングだと、多くの方は思っている節があります。
でも、実はそうではないと思うのです。リスキリング、特に大人のリスキリングにおいて大事なのは、自分が行ってきた個別・具体的な経験で、皆さん、いっぱいおありだと思うのですよね。(例えば)営業で苦労して、相手に納得してもらった。会社の中でいろいろトラブルがあったときに、なんとか社内調整をしてトラブルを解消した。そのように、人間関係のトラブルも含め、いろいろな経験がおありだと思います。
それらは個別事例の話だとあくまで個別事例なので、例えば会社を移ってしまうと、あるいは全然違うシチュエーションに置かれたときには「使えない」経験に見える。でも、本当はそんなことはなくて、それらは多分重要なインプットなのです。個別事例を個別の話ではなく、一般化して抽象化して理解できるようになれば、別のシチュエーションでも使えるし、別の会社に...