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DATE/ 2017.06.19

『恐竜はホタルを見たか』著者が語る「基礎研究」の重要性

「どう役に立つのかすぐにはわからないのが科学」

 2008年に、クラゲの発光の研究でノーベル化学賞を受賞した下村脩博士を覚えているでしょうか。下村博士は、「クラゲの発光のしくみを明らかにしたい」という好奇心に突き動かされるままに、100万匹ものオワンクラゲを捕獲し、ひたすら研究に没頭しました。そのとき、応用にはまったく興味がなかったそうです。

 下村博士と同じく発光生物を研究する中部大学応用生物学部准教授の大場裕一博士の著書『恐竜はホタルを見たか』(岩波書店)には、「下村博士によれば、生物発光の生物学的な研究をしている人は世界にわずか三〇~五〇人くらい」「化学的な研究をしている人は一〇人以下」とあります。

 大場博士はまた、「まだまだ謎だらけの分野なのにもったいない気がするが、こういった面白いけれどどう役に立つかわからない研究をやろうという人は最近あまりいなくなった。応用に直結しない基礎研究に研究費が配分されにくい現実も、発光生物の研究者が増えない理由のひとつだろう。どう役に立つのかすぐにはわからないのが科学だと思うのだが」とも述べています。後述しますが、こうした問題には昨今すぐに役に立つことばかりが注目され「基礎研究」が軽視されるという側面があることは間違いないでしょう。

 ちなみに本書は、発光生物学を知るためのポピュラーサイエンスブックとして大変優れています。とりわけ興味深いのは、タイトルにも記されているホタルの発光による生存戦略です。なぜ、ホタルは光るか。光ることで、どうやって生き残ってきたのか。一般的に生物は敵に対して隠れようとしますが、ホタルは不味物質と毒物質を持っていて、あえて光ることで、「私は食べてはいけないものですよ」ということをアピールしていたのではないか。本書は、こうしたエキサイティングな仮説を交えつつ、ダーウィンも悩んだ進化の謎に挑んでいます。

「10年後、日本人ノーベル受賞者は出なくなる」

 世界的に見て、誇らしいことに、日本はノーベル賞受賞者の数が少なくありません。とくに科学分野においては突出していると言えます。2000年以降の自然科学系の受賞者数を国籍別に見ると、日本はアメリカに次いで2位の実績です。昨年(2016年)は、オートファジーの研究者の大隅良典氏が、日本人としては4人目となるノーベル生理学・医学賞を受賞し、これも大きな話題となりました。

 『恐竜はホタルを見たか』の大場博士が述べていたように、大隅博士をはじめ、益川敏英博士(2008年ノーベル物理学賞)や 梶田隆章博士(2015年ノーベル物理学賞)など、多くのノーベル賞科学者たちは、利益や製品開発に直結しない「基礎研究」の重要性を訴えています。

 政策研究大学院大の角南篤副学長は、基礎研究の分野において、多くの日本人がノーベル賞を受賞してきたことについて、「研究者が『面白い』と思ったことを、地道に追求し続けた成果」と分析しています。

 大隅博士は、役に立つ応用研究ばかりを賞賛し、基礎研究をおろそかにする日本の研究現場に対して、「日本の研究環境は劣化している。多くのノーベル賞受賞者が『このままでは10年、20年後に日本人受賞者は出なくなる』と言っているが同感だ」とも述べています。

目先の利益ばかりを追いかけてはいけない

 益川敏英博士は、文系の学問が役に立たないという風潮に対しても、「基礎研究の軽視と同じ文脈にある」と国の政策や世論に対して疑問を投げかけています。

 世界も日本も、決して景気がいいとはいえない経済状況において、「役に立つこと」ばかりに目がいってしまうのは仕方がないことではあると思いますが、何事においても、すぐには役に立たないとしても、基礎研究が枯渇すれば、応用研究も必然的に立ち行かなくなります。長期的に見れば、基礎がおろそかになれば、応用力もしぼみ、経済全体も縮退していくのではないでしょうか。

 これは私たちの日々の生活にも言えることだと思います。目先の利益ばかりを追っていると、結局は少ないパイを取り合うことになるので、どこかで独自のイノベーションを起こさないかぎり、激しい競争の中で疲弊していくばかりです。

 そのイノベーション起こすためには、大場博士のホタルの光に対する熱意や、日本のノーベル賞科学者たちが示す通り、自分の興味・関心に正直になって、好奇心を燃やし続ける熱意がまず不可欠なのだろうと思います。


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