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DATE/ 2017.09.05

「知識」が造った東大寺の廬舎那仏

 「仏像」といえば東大寺は奈良の大仏(廬舎那仏金銅像)を思い浮かべる方も多いと思いますが、聖武天皇(701~756年)の発願で造られたこの仏さまは、天皇の力、その財力によって造られたわけではありません。実は、民衆の「知識」があってこそ成し得たものだったのです。

「知識」が造った東大寺の廬舎那仏

 ここでいう「知識」とは、いわゆる現代の“knowledge”のことではなく「協力者」を意味すると、東大寺長老である北河原公敬氏は言います。地域の人たちのお金や材料、労力などの協力を得て造られた寺が、天平期の河内大県郡(現在の大阪府柏原市)にありました。その名も知識寺といって、この寺を聖武天皇が740年の行幸の際に訪れ、人々の力が結集して造ったという点に着目したのだとか。天皇は、縁で結ばれた人たちの協力で仏像を造る、そのことで菩薩の心に近づくことができる、知ることができると考えたに違いありません。

 そもそも菩薩とは、悟りを得るための修行を積みながら、衆生を仏道に導く、いわば悟りを開いた仏と人間の間にある存在です。自らも修行を重ねながら周囲を導き、悟りに近づこうとする菩薩の心を知ることは、現世で煩悩に惑わされながら生きている人間にとって大きな支えとなっていたのでしょう。

 こうして、東大寺は総国分寺として国家と強く結びつきながら、「知識」で成った廬舎那仏で、民衆とも密接につながって、仏の教えを語り継いできたのです。

今、菩薩の心が薄れている

 北河原氏は、「今、菩薩の心が薄れている」と感じると言います。しかし、人々がその心を失ったわけではありません。その証拠に、たとえば、東日本大震災といった大災害の時には、多くの人が救いの手を差し伸べ、ボランティアとして活動しました。ただその心は「いざという時」にしか、なかなか表れることがありません。あるいは、自分の知っている人が困っているのを目にすれば、皆、躊躇なく助けようとするけれども、日常のありふれた場面、見知らぬ人々の中では、見て見ないふりをしたり、日本人らしい思いやりの心が発揮されません。こうしたことに、北河原氏は非常に危機感を抱いているのです。

 北河原氏は、その一因は戦後民主主義にもあると考えます。個人の権利の確立を目指し、個が尊重されるようになったのはよいことである反面、「他人よりまず自分」の風潮が主流になってしまった、と。

他者への節度ある関心を示すことが大事

 そこで取り上げたいのは、かつてはよくご近所さんと交わしていた「いいお天気ですね。今日はどちらまで?」「ええ、ちょっとそこまで」といった、何気ない挨拶です。このやりとりですが、返事はワンパターンで決まっているからこの挨拶に意味はないよね、などと思う方もいるかもしれません。

 そこで北河原氏は、近年増えているお年寄りの孤独死の話を挙げながら、こう話しています。「お節介を焼く必要はないのですが、せめて普段から、ちょっとしたことでいいから、それこそ“こんにちは”とか“おはようございます”、あるいは“元気ですか”というぐらいのことでも十分なのです。そうやって、他者を慮るという心持ちが薄れているのではないか」

 かつて他者を思いやる菩薩の精神を行き渡らせることを願って大仏さまが造られた時、民衆がそれに協力しました。時代は変わっても、その時の聖武天皇の思いは大事に引き継いていきたいですね。
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一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授