テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.02.23

IBMに見るAIのビジネスへの活用事例

 2016年にグーグルの「アルファGO」が韓国の囲碁チャンピオン、イ・セドル9段を連破してもうすぐ2年。AI(人工知能)が人類の知能を超えるといわれる「シンギュラリティ」に注目している人も多いでしょう。では、実際にAIのビジネス活用は、どの程度まで進んできたのでしょうか。一橋大学大学院国際企業戦略研究科研究科長の一條和生教授が先端の活用事例を紹介しています。

チャットボットがe-コマースを変えていく?

 一條氏が日本での活用事例に挙げているのは、IBMのワトソンと株式会社空色が共同開発したチャットボット(自動接客システム)です。2016年7月から2017年11月にかけてオリーブ・デ・オリーブというティーン向けアパレルメーカーのLINEユーザー用に実用化されたもの。そこには、空色が開発したチャット接客システム「OK SKY」と、ワトソンの自然言語分析システムの両方が活用されています。

 そもそも店舗とオンラインで、購入率に20%と1%という格段の差があるのが、OK SKYの開発に至る動機でした。空色では、OK SKYでの450万以上のやりとりをデータベース化し、優秀な店員の購入につながった接客会話30万以上もデータベース化しました。その膨大なデータをワトソンが学習。好みや予算に応じてパーソナライズした接客サービスを実施することで、購入率が15%に上昇するという大幅アップにつながったのです。

 LINEやフェイスブックなどSNS上のコミュニケーションで重要なのは、「共鳴する」ということ。「わたし、こんな洋服が着たいの。こんなスタイルだけど、似合うと思う?」と聞けば、すぐそれに友達のように答えてくれる。そんな関係性の実現に一歩踏み出したことが売り上げにつながったと言えるでしょう。

IBM創業100周年を飾った「ジョパディ!」優勝

 チャットボットの基幹であるIBMのワトソンは、2006年に開発が始まり、ここ数年で完成度を上げてきたAIです。2011年には米国の人気クイズ番組「ジョパディ!」に出演、人間に勝って賞金100万ドルを獲得しました。

 当時の裏話として一條氏が語るのは、「ジョパディ!」への挑戦がIBMの創業100周年に向けて始動した企画だったことです。IBMのモットーは、「失敗したことのない研究開発者は駄目だ」ということ、失敗がないのは挑戦がないとみなす会社ですが、その代わりに事業では決して失敗したことがありません。

 IBMワトソン事業部は、「ジョパディ!」で勝つAIをつくるため、3年の歳月を費やしました。当初は「人間に勝つAI開発」プロジェクトに手を挙げる人間は皆無だったと言いますが、日本を含む世界中から研究者が集まり、成果をあげていったわけです。

 読み込ませたデータベースは2億ぺージ、企業や病院、大学などとの共同研究も積極的に行ってきました。その結果、保険のリスク査定などは人間がやるよりもコンピュータが行ったほうがはるかに精度が高くなり、日本でもほとんどの保険会社がワトソンを使っています。

シェフ・ワトソンとのコラボで料理の世界も拡張する

 IBMでは、AIを「Artificial Intelligence(人工知能)」ではなく、「Augmented Intelligence(拡張知能)」と定義しています。つまり、人間にとってかわるものではなく、知識や知覚を拡張し増強するものという考えです。

 その思想を端的に表しているのが、料理アプリである「シェフ・ワトソン」。NYにある料理専門学校とのコラボから、共同レシピの開発を進め、「コグニティブ・クッキング」と呼ばれるオリジナル・レシピを100も持っています。料理学校の持つレシピを徹底的にディープラーニングさせることで、人間が考えたこともないような新しいレシピを生み出したのです。

 しかし、IBMはシェフ・ワトソンをあくまでも「料理長のお手伝い」と位置付けています。そもそもワトソンがシェフとして機能するためには、人間による無数のレシピを学習させる必要があるからです。また、シェフ・ワトソンは素材の組み合わせを提示するだけで、最終的なさじ加減は食べる人の好みに応じて人間が決めるものとしています。

 思いがけない組み合わせのアイディアを教えてくれるワトソンを用いて、素材を入力すると新しいレシピを考えてくれるサイトもできています。英語が得意な方は参考にされてみてはいかがでしょうか。

<参考サイト>
https://www.ibmchefwatson.com/tupler
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
自分を豊かにする“教養の自己投資”始めてみませんか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

浸透工作…台湾でスパイ裁判が約70件、それも氷山の一角

浸透工作…台湾でスパイ裁判が約70件、それも氷山の一角

習近平中国の真実…米中関係・台湾問題(5)恐るべき台湾への「浸透」

日本では「台湾有事」における日本への影響を口にする人が多いが、事態はより複雑である。中国の浸透により台湾は分断を深め、内側から崩壊しようとしている。浸透しているのは軍や政府内部の大量のスパイ、反社会組織を通じた...
収録日:2025/07/01
追加日:2025/10/15
垂秀夫
元日本国駐中華人民共和国特命全権大使
2

なぜ算数が苦手な子どもが多いのか?学力喪失の真相に迫る

なぜ算数が苦手な子どもが多いのか?学力喪失の真相に迫る

学力喪失の危機~言語習得と理解の本質(1)数が理解できない子どもたち

たかが「1」、されど「1」――今、数の意味が理解できない子どもがたくさんいるという。そもそも私たちは、「1」という概念を、いつ、どのように理解していったのか。あらためて考え出すと不思議な、言葉という抽象概念の習得プロ...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/10/06
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
3

学力喪失と「人間の理解」の謎…今井むつみ先生に聞く

学力喪失と「人間の理解」の謎…今井むつみ先生に聞く

編集部ラジオ2025(24)「理解する」とはどういうこと?

今井むつみ先生が2024年秋に発刊された岩波新書『学力喪失――認知科学による回復への道筋』は、とても話題になった一冊です。今回、テンミニッツ・アカデミーでは、本書の内容について著者の今井先生にわかりやすくお話しいただ...
収録日:2025/09/29
追加日:2025/10/16
4

メンタルが苦しくなったら?…今、夏目漱石を読み直す意味

メンタルが苦しくなったら?…今、夏目漱石を読み直す意味

いま夏目漱石の前期三部作を読む(1)夏目漱石を読み直す意味

反知性主義が跋扈する現代社会。21世紀も四半世紀が過ぎ、知性で社会を理解しようとすればするほど葛藤が生まれるこの時代、日本人にとってはもう一度読み直すべき作家が夏目漱石ではないだろうか。実は1世紀以上前の明治の終...
収録日:2024/12/02
追加日:2025/03/02
與那覇潤
評論家
5

成長を促す「3つの経験」とは?経験学習の基本を学ぶ

成長を促す「3つの経験」とは?経験学習の基本を学ぶ

経験学習を促すリーダーシップ(1)経験学習の基本

組織のまとめ役として、どのように接すれば部下やメンバーの成長をサポートできるか。多くの人が直面するその課題に対して、「経験学習」に着目したアプローチが有効だと松尾氏はいう。では経験学習とは何か。個人、そして集団...
収録日:2025/06/27
追加日:2025/09/10
松尾睦
青山学院大学 経営学部経営学科 教授