テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.03.02

日本から「漢字」が消える可能性があった?

 ベトナムや韓国でも「漢字」を使っていましたが、第二次世界大戦後に「漢字全廃」が行われました。現在は表音文字として、ベトナムでは「クォック・グー」を、韓国では「ハングル」が使われています。一方日本では、明治のはじめ頃から度々漢字廃止論が主張されてきましたが、そのたびに却下され、結果漢字は廃止されることなく、今日に至っています。

 どうして日本では、漢字が消えることなく使われ続けているのでしょうか。今回は、文明開化期以降の日本における漢字廃止論をテーマに、漢字と日本語について取り上げてみました。

カナ文字、ローマ字? 多様な「国字改良論」

 『日本語大博物館 : 悪魔の文字と闘った人々』によると、文明開化期には「教育の能率を上げるため漢字を制限せよという主張が現れたのは必然であった。とくに鹿鳴館時代には、『漢字を全廃し仮名やローマ字にせよ』という主張まで現れた」とまとめられています。

 早くは1866(慶応2)年に、日本の郵便制度の創始者で国字の改良にも熱心だった前島密が「漢字御廃止之議」を建白。ついで1869(明治2)年には教育普及のために漢字を廃止し「假名を一定の国字とし、文法を定むべし」と建議しています。また、1874(明治7)年に創刊された『明六雑誌』では、創刊号の巻頭に啓蒙思想家の西周が「洋字ヲ以て国語ヲ書スルノ論」と掲げ、洋字導入やローマ字表記の利点を述べました。以降も昭和の中頃まで、多数の専門家により漢字を廃止し表音文字としてのカナ文字やローマ字を公用語にするといった、多様な「国字改良論」が提案されました。

 このような漢字廃止論の背景には、漢字教育の難しさや急進する近代化に伴う外来語の大量流入への対応といったソフト面の課題や、漢字の字数が多く活版印刷やタイプライターでの量産や複製にむかないため、事務処理効率が悪いといったハード面での問題がありました。

漢字は民主化の敵!? GHQ対日本国民

 国外からの影響により、日本の漢字使用がもっとも危うくなったのは第二次世界大戦直後のことです。『戦後日本漢字史』では、1945(昭和20)年に日本に進駐してきた、連合国軍最高司令官総司令部(以下、GHQ)の占領政策の一貫としての漢字廃止への取り組みと、そのために行われた「漢字読み書き調査」について、わかりやすく以下のように述べられています。

 GHQは占領当初からローマ字による日本語表記にこだわっていました。そこで、GHQ傘下の民間情報教育局(以下、CIE)所属の文化人類学者でもある将校のジョン・ペルゼルを介し、文部省に対して一般の日本人の「漢字読み書き調査」を提案。言語学者の柴田武らを中核とした「読み書き能力調査委員会」が出題し、日本国民の15~64歳までの男女から「無作為抽出法」で選ばれた被験者に対して実施され、全国で16814名の被験者データが集められました。

 結果は「非識字者がわずか2.1%」という好成績でした。このため柴田氏は、漢字廃止につながらないと危惧したペルゼルに呼び出され、「字が読めない人が非常に多いという風になってくれなきゃ困る」と言われました。それに対して柴田氏は、「調査結果は捻じ曲げられない」と突っぱね、その返答に「ペルゼルもそれ以上は無理押しはしなかった」ため、「ローマ字による日本語表記を推進しようという目論見はついえた」のです。

テクノロジーが漢字を救う! 写植とワープロの普及

 他方、戦後は印刷や文書作成の技術も進化しました。例えば、活字の不要な写真植字(写植)のより実用的な発展・普及により、複雑な漢字を他用した出版物の量産効率も飛躍的に向上しました。また、1978(昭和53)年には、日本語ワードプロセッサー(ワープロ)が東芝より一般発売されます。ワープロはオフィスに革命をもたらし、文書作成ならびに事務処理能率を格段に向上させました。

 以降も現在に至るまで、印刷技術はデスクトップ・パブリッシング(DTP)やプリンターの性能向上によって、もう一方の文書作成技術はパソコンやワープロアプリケーションソフトの普及やさらなる開発により、より手軽かつ多様に発展しています。

 これらのテクノロジーの進歩により、公式に漢字を使用することが比較的容易となりました。また同時に、普及・保護・保存なども、従来とは違う方面からも試みることができるようになっています。

漢字と概念、今までとこれからの日本語

 言語にはそれぞれ意味や文化が内包されています。また、多くの人間は言語を通して思考し概念形成をするため、言語それ自体が概念の形成にとっては欠かすことのできない、非常に重要なツールでもあります。

 歴史にifはありませんが、もし日本で漢字が廃止されていたら、今とはまったく違う「日本語」が使われ、日本人の思考も違っていたのかもしれません。しかし、実際には漢字は廃止されずそのまま残っています。ただこれからは、漢字や日本語がテクノロジーと融合して新たな言語概念を生み出していく可能性も否定できません。

<参考文献>
・『日本語大博物館 : 悪魔の文字と闘った人々』(紀田順一郎著、ジャストシステム)
・『戦後日本漢字史』(阿辻哲次著、新潮選書)
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

トランプ関税はアダム・スミス以前の重商主義より原始的

トランプ関税はアダム・スミス以前の重商主義より原始的

第2次トランプ政権の危険性と本質(2)トランプ関税のおかしな発想

「トランプ関税」といわれる関税政策を積極的に行う第二次トランプ政権だが、この政策によるショックから株価が乱高下している。この政策は二国間の貿易収支を問題視し、それを「損得」で判断してのものだが、そもそもその考え...
収録日:2025/04/07
追加日:2025/05/17
柿埜真吾
経済学者
2

大隈重信と福澤諭吉…実は多元性に富んでいた明治日本

大隈重信と福澤諭吉…実は多元性に富んでいた明治日本

デモクラシーの基盤とは何か(2)明治日本の惑溺と多元性

アメリカは民主主義の土壌が育まれていたが、日本はどうだったのだろうか。幕末の藩士たちはアメリカの建国の父たちに憧憬を抱いていた。そして、幕末から明治初期には雨後の筍のように、様々な政治結社も登場した。明治日本は...
収録日:2024/09/11
追加日:2025/05/16
3

【会員アンケート】談論風発!トランプ関税をどう考える?

【会員アンケート】談論風発!トランプ関税をどう考える?

編集部ラジオ2025(8)会員アンケート企画:トランプ関税

会員の皆さまからお寄せいただいたご意見を元に考え、テンミニッツTVの講義をつないでいく「会員アンケート企画」。今回は、「トランプ関税をどう考える?」というテーマでご意見をいただきました。

第2次トランプ...
収録日:2025/05/07
追加日:2025/05/15
テンミニッツTV編集部
教養動画メディア
4

相互関税の影響は?…トランプが築く現代版の万里の長城

相互関税の影響は?…トランプが築く現代版の万里の長城

世界を混乱させるトランプ関税攻勢の狙い(1)「相互関税」とは何か?

トランプ大統領は、2025年4月2日(アメリカ時間)に貿易相手国に「相互関税」を課すと発表し、「解放の日」だと唱えた。しかし、「相互関税」の考え方は、まったくよくわからないのが実状だ。はたして、トランプ大統領がめざす...
収録日:2025/04/04
追加日:2025/04/10
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
5

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

重要思考とは?「一瞬で大切なことを伝える技術」を学ぶ

「重要思考」で考え、伝え、聴き、議論する(1)「重要思考」のエッセンス

「重要思考」で考え、伝え、聴き、そして会話・議論する――三谷宏治氏が著書『一瞬で大切なことを伝える技術』の中で提唱した「重要思考」は、大事な論理思考の一つである。近年、「ロジカルシンキング」の重要性が叫ばれるよう...
収録日:2023/10/06
追加日:2024/01/24
三谷宏治
KIT(金沢工業大学)虎ノ門大学院 教授