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岡倉天心が示した東洋と西洋の文化の違い
西洋と東洋の文化の違いはさまざまな局面から語られてきましたが、自然観の違いもその一つです。それはそれぞれの庭園の作り方をみてもよく分かります。日本の庭園は自然そのままの姿を写し取ったかのようなものがほとんどですが、西欧の庭園の特徴はシンメトリーに木を刈りこんだり花を植えるなどして徹底的に自然に手を入れている点にあります。自然に寄り添う庭と対峙する庭とでもいったところでしょうか。
第五章では、象徴的に中国の「琴ならし」という物語が紹介されています。古代中国で、古い大木からつくられた琴の名器を多くの名人がこぞって弾きこなそうとしたが、琴はうんともすんとも言わない。そこへ、伯牙(はくが)という名人がやってきて琴に手を触れたかと思う間もなく、まるで琴が朗々と歌いだすかのように見事な調べが流れた。その秘訣を尋ねられた伯牙は、「私は琴に自分の物語を語ってくれるように促しただけ。決して無理に語らせようとはしていない」と答えた。このような物語です。
天心は、この物語を通して、東洋の文化は、人にせよ自然にせよ相手と向き合った時に、決してねじふせようとはしない。自分を預けて相手に委ねる姿勢、これが東洋なのだと説いているのです。日本の職人からも、しばしば「素材の声を聴く」、「素材が教えてくれる」といった言葉が聞かれますが、これも東洋独特の姿勢を修行の中で体得しているからでしょう。
柔道では、力で相手を倒そうとするのではなく、上級者は自分を空っぽにして、そこに相手を呼び込みます。すると、相手がその空に吸いこまれるように勝手に倒れてくる。これが極意なのだそうです。
考えてみれば、森羅万象をたったの十七文字に収めて、文字の外にある余白や余韻をどう読み取るかは、読み手に委ねる俳句も同じです。天心の「余白」を聞いて、西洋と日本の建築物を比較してみる方も多いでしょう。ベルサイユ宮殿と日本の皇居を比べてみても、足し算の文化と引き算の文化の違いがよく分かることと思います。
この愚かしさとは、人間の知恵を超えた自然の偉大さを示したもの。天心は、一輪の百合の花の中に、禅宗の「愚」にも似た偉大さを見出し、全世界を超える力があると感じていたのです。
『茶の本』は今でも、岩波文庫、講談社学術文庫などで読むことができます。天心が、世界に向けて日本文化の真髄を伝えようとしたこの小さな本を、ぜひ手にとってみてください。
相手にゆだねるのが東洋の文化
実は岡倉天心も、このような日本独自の自然観を早くから意識していたようです。岡倉天心は近代日本の優れた美術運動家であり、著書『茶の本』を通して東洋及び日本の世界観、自然観を世界に発信しました。天心は『茶の本』の第五章「芸術鑑賞」で、東洋と西洋の文化の違いに言及しています。この、人や自然といった「相手」との接し方を通して述べる東西文化論に、東京女子大学名誉教授の大久保喬樹氏は着目します。第五章では、象徴的に中国の「琴ならし」という物語が紹介されています。古代中国で、古い大木からつくられた琴の名器を多くの名人がこぞって弾きこなそうとしたが、琴はうんともすんとも言わない。そこへ、伯牙(はくが)という名人がやってきて琴に手を触れたかと思う間もなく、まるで琴が朗々と歌いだすかのように見事な調べが流れた。その秘訣を尋ねられた伯牙は、「私は琴に自分の物語を語ってくれるように促しただけ。決して無理に語らせようとはしていない」と答えた。このような物語です。
天心は、この物語を通して、東洋の文化は、人にせよ自然にせよ相手と向き合った時に、決してねじふせようとはしない。自分を預けて相手に委ねる姿勢、これが東洋なのだと説いているのです。日本の職人からも、しばしば「素材の声を聴く」、「素材が教えてくれる」といった言葉が聞かれますが、これも東洋独特の姿勢を修行の中で体得しているからでしょう。
芸術、運動の世界に生きる「余白」
天心は、あらゆる芸術、そして運動(スポーツ)でも同じだと論じています。そのポイントは「余白」にあります。例えば、日本の伝統的な絵画は、西洋のそれと違って画面全面に描き込むようなことはしません。水墨画などは余白の美を生かした典型的な例で、その余白があるからこそ観る者が感情を同化したり流入することができるのです。語らないことで相手のイマジネーションを触発し、結果的に雄弁に語ることになるのです。柔道では、力で相手を倒そうとするのではなく、上級者は自分を空っぽにして、そこに相手を呼び込みます。すると、相手がその空に吸いこまれるように勝手に倒れてくる。これが極意なのだそうです。
考えてみれば、森羅万象をたったの十七文字に収めて、文字の外にある余白や余韻をどう読み取るかは、読み手に委ねる俳句も同じです。天心の「余白」を聞いて、西洋と日本の建築物を比較してみる方も多いでしょう。ベルサイユ宮殿と日本の皇居を比べてみても、足し算の文化と引き算の文化の違いがよく分かることと思います。
一輪の花に秘められた偉大な力を感じる
天心は続く『茶の本』第六章「花」でも、相手のあるがままの姿を尊重し生かそうとする東洋文化のあり方を述べ、自然のままに花を置くことが大切だと言います。人が花の造形に手を出すのではなく、ただありのままを置く。そうして、床の間に一輪生けられた露に濡れた百合の花の「愚かしさ」をよしとしたのです。この愚かしさとは、人間の知恵を超えた自然の偉大さを示したもの。天心は、一輪の百合の花の中に、禅宗の「愚」にも似た偉大さを見出し、全世界を超える力があると感じていたのです。
『茶の本』は今でも、岩波文庫、講談社学術文庫などで読むことができます。天心が、世界に向けて日本文化の真髄を伝えようとしたこの小さな本を、ぜひ手にとってみてください。
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