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DATE/ 2018.10.02

戦争の語り部を育てる―ひめゆり平和祈念資料館

 2018年8月、日本は終戦から73年目の夏を迎えました。73年を経ても消えることのない、消えるどころか時がたてばたつほど深刻化する戦後問題があります。「戦争の語り部」の減少です。戦争を体験してその悲惨さを語り継ぐことのできる人が如実に減ってきている今、どうやって語り継ぐか、語り部世代をどう育てるかは、非常に大きな日本の課題です。

ひめゆり平和祈念資料館の館長は戦後世代

 壮絶な地上戦が繰り広げられた沖縄、糸満市には戦争をどうやって語り継いでいくことができるかを考え、運営に力を注いできた資料館があります。1989(平成元)年に開館した「ひめゆり平和祈念資料館」がそれです。その名前が示すように、太平洋戦争末期の沖縄戦に動員され、多くの女学生が命を落とした「ひめゆり学徒隊」の体験を伝えるための施設で、ひめゆり学徒隊の生存者たちが中心となって創設し、運営をしてきました。

 実は、このひめゆり平和祈念資料館の現館長の普天間朝佳氏は1959年生まれ。初の戦後世代として館長に就任しました。このことからもひめゆり資料館が、戦争の語り部の育成にどれほど真剣に向き合ってきたのかが、うかがえます。

なかなか語れなかった戦争体験

 資料館を作ることが決まり、戦跡をたどって遺骨や遺品の収集をしたのは、実際にひめゆり学徒隊にいた人たちが中心となり、開館後も運営に携わってきました。そのうち戦争を語り継げる人がいなくなることを何よりも憂え、直接戦争を語ることのできる自分たちが生きているうちに、次世代の語り部たちを育てようと、10年という年月をかけて資料館の運営や後継者について計画してきたといいます。

 しかし、彼女たちは最初から積極的に戦争を語ろうとしていたわけではありません。思い出すにはあまりにもつらい体験でしたし、戦後は日々の生活をどう建て直していくかで必死でした。そして、何よりも彼女たちの心を占めていたのが、「自分だけが生き残ってしまった」といううしろめたさでした。友を救えなかったという自責の念にさいなまれ、時には亡くなった生徒の遺族から怒りをぶつけられることもあったそうです。ですから、ひめゆり学徒隊の生存者たちは、当初、自身の戦争体験にしっかり向き合おうとはしなかった、むしろ目をつぶって忘れることに努めていたと言います。

戦争の語り部を絶やしてはならない

 しかし、資料館創設のための作業に携わるうちに、「この体験を語らなければ、このまま泥に埋もれてしまう。後世の人たちに何も伝えることができない」ということに気づきます。何よりもよい戦争、正しい戦争などないことを伝える教育が大切、知らないということは恐ろしいということ、また、戦争の苦しみは戦後も続くということを痛感したひめゆり学徒隊の生存者たち。彼女たちは、きちんと戦争について語り、考えることが日本の将来にとって不可欠だと考えたのです。

 今、普天間氏をはじめとする沖縄の戦後世代の人たちが、戦争の語り部たらんとして奮闘中です。その甲斐あってか、ひめゆり平和祈念資料館開館当時の来館者は、実際に戦争を体験した人、あるいは自分の親、祖父母、親戚等、身のまわりに戦争体験者がいるという人が大半だったのが、今では、ひいおじいさん、ひいおばあさんですら戦争世代ではない、戦争から遠く離れた世代の人が多く訪れているそうです。普天間氏はこの事実に手応えを感じつつも、若い世代に戦争を理解してもらうために、より丁寧に言葉にし、かみ砕いて説明をする努力をしなければならない、と感じていると言います。

 毎年、8月の原爆投下の日、終戦の日が近づくと、戦争を語る映画やドラマを目にする機会が多くなります。フィクションで戦争のありのままが伝わるのか、という意見もありますが、どんな形でも語り継ぐこと、また、知ろうとする努力が大事なのではないでしょうか。そのうち、日本に戦争を直接体験した人が一人もいなくなってしまう日がやってきます。そうなる前に、私たちは戦争の語り部を育て、その語りに耳を傾けることを必死で続けていかなければなりません。
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一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授