テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.12.03

人への影響は?忍び寄るマイクロプラスチック汚染

いよいよ国が実態調査へ

 「マイクロプラスチック」と呼ばれる5ミリメートル以下の微細なプラスチック片による、海洋汚染が広がっていることをご存じでしょうか。多くの場合、海に捨てられたプラスチックごみが紫外線や波の力で粉々にされてマイクロプラスチックとなります。これが海に流れ出すと自然分解されずに魚などの海洋生物の体内に取り込まれてしまうため、生態系を破壊するおそれがあります。

 現在、工場や家庭の排水はプラスチックの有無にかかわらずほとんどが海に捨てられていますが、近年はこれに加えて船からの排水にも注目が集まっています。プラスチックが含まれる排水を船から海に廃棄することはもともと国際条約で禁止されていますが、「グレーウォーター」に関しては規制がなく、陸地の排水同様にほとんどが海に捨てられているのが現状です。

 グレーウォーターとは、客船の乗客や漁船の乗組員などが使用したシャワーや洗顔などの生活排水のこと。実は洗顔料や歯磨き粉のスクラブとしてマイクロプラスチックが配合されていることも多いため、これが海洋汚染の一因となっている可能性は否定できないのです。

 そこで国土交通省は、船の排水にマイクロプラスチックがどれぐらい含まれるかの調査を実施することを決めました。調査は2019年度に開始される予定で、関連費用の予算案提出準備にとりかかっています。九州大学応用力学研究所の磯辺篤彦教授(海洋物理学)によれば、マイクロプラスチックが船から海へどれほど排出されているかを具体的に示すデータはまだないため、この調査には意義が認められるとのことです。

止まらない汚染拡大

 「そうはいうけど、細かいプラスチックの破片がそんなに海を汚すのかな」と疑問に思う方もいるかもしれませんね。確かにマイクロプラスチックひとつひとつはとても小さなものです。しかしこの細かさのために回収が難しく、しかも世界中で大量に廃棄されているので汚染がどんどん広がっています。

 ウィーン医科大などの研究者で結成されたチームの調査では、検査を実施した8か国の人の便すべてからマイクロプラスチックが検出されたとの報告があります。この調査はオーストリア、フィンランド、イタリア、オランダ、ポーランド、ロシア、イギリスそして日本の8か国に住む33歳から65歳までの合計8人を対象に行ったもの。まだ予備的調査のためサンプルは少ないですが、この結果を見た研究者は「全員から検出されるとは予想していなかった」と驚いたそうです。検出されたマイクロプラスチックは食品の包装に使われるポリプロピレンや、ペットボトルの素材となるペット樹脂などですが、魚を食べている人もいるため、魚から間接的に取り込んだ可能性もあります。

 また、韓国の研究者グループと環境保護団体の合同チームによる調査では、世界の食塩の約9割にマイクロプラスチックが含まれるという結果が出ました。この調査はヨーロッパ、南北アメリカ、アフリカ、アジアの合計21か国から集めた39品目の食塩を対象に行ったもので、このうち36品目からマイクロプラスチックが検出されたとのことです。中でも含有量が多かったのは海の塩を利用する海塩。しかもインドネシアでの販売品に最も多く含まれていましたが、実はインドネシアは2015年にプラスチック汚染が進んでいる国の世界第2位になっています。今回の調査結果は、海のマイクロプラスチック汚染と食品に入り込むマイクロプラスチックの間に相関関係があると示す根拠になり得るでしょう。

人体への悪影響はあるのか

 ここまで身近な問題だとわかると、「マイクロプラスチックは人体に悪影響を与えるのか」という点が気になりますよね。しかし実はまだ、「悪影響があるかはわからない」としかいえない状況です。マイクロプラスチック汚染の調査や研究ははじまったばかりなので、悪影響があるにしてもないにしても確実なデータが出ていないのです。

 ただし、悪影響の危険性はいくつか指摘されています。特に、有害物質の中でも強い毒性を持つ「POPs」が溶け込みやすい点は大きな懸念となっています。POPsとは、PCBと略されるポリ塩化ビフェニールなど12種類の有害物質をまとめた呼び名。発がん性、神経障害、免疫毒性、ホルモン異常などの有害性を示すとされており、脂溶性なので生物の体内に入ると脂肪組織に濃縮されやすい性質があります。さらに石油を原料とするプラスチックにも溶け込みやすいため、POPsを含んだマイクロプラスチックを人間が体内に取り込んで脂肪組織に貯め込んでしまうのではないかと予測されているのです。

 また動物の研究では、ごく小さいマイクロプラスチックが消化器で吸収されて血管やリンパ管に入り込む可能性が報告されています。血管やリンパ管から全身に運ばれたマイクロプラスチックが健康にどう影響するかはまだわからず、さらなる研究が待たれます。

 マイクロプラスチックと健康被害の関係性はまだ謎が多いですが、マイクロプラスチックで海が汚染され、海洋生物も人間も本来は持っていないはずのプラスチックを体内に取り込んでいることは事実です。世界ではマイクロプラスチックの使用を禁じる動きが活発になっており、規制が遅れている日本でも企業が自主的に使用をやめる例が増えています。これからは人類が力を合わせて、この汚染の解消に取り組む時代となるでしょう。

<参考文献・参考サイト>
・読売新聞2018年11月2日夕刊 船のプラごみ調査 魚など影響懸念 生活排水分析へ
・ナショジオ 9割の食塩からマイクロプラスチックを検出
https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/18/101900449/?ST=m_news&P=2
・ライブドアニュース 人の体内に微小プラスチック粒子 日本含む8カ国、便で検出
http://news.livedoor.com/article/detail/15489904/
・日本経済新聞電子版 人の体内に微小プラ粒子 日本含む8カ国、便で検出
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO36848880U8A021C1CR0000?s=3
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

55年体制は民主主義的で、野党もブレーキ役に担っていた

55年体制は民主主義的で、野党もブレーキ役に担っていた

55年体制と2012年体制(1)質的な違いと野党がなすべきこと

戦後の日本の自民党一党支配体制は、現在の安倍政権における自民党一党支配と比べて、何がどのように違うのか。「55年体制」と「2012年体制」の違いと、民主党をはじめ現在の野党がなすべきことについて、ジェラルド・カ...
収録日:2014/11/18
追加日:2014/12/09
2

5Gはなぜワールドワイドで推進されていったのか

5Gはなぜワールドワイドで推進されていったのか

5Gとローカル5G(1)5G推進の背景

第5世代移動通信システムである5Gが、日本でもいよいよ導入される。世界中で5Gが導入されている背景には、2020年代に訪れるというデータ容量の爆発的な増大に伴う、移動通信システムの刷新がある。5Gにより、高精細動画のような...
収録日:2019/11/20
追加日:2019/12/01
中尾彰宏
東京大学 大学院工学系研究科 教授
3

マスコミは本来、与野党機能を果たすべき

マスコミは本来、与野党機能を果たすべき

マスコミと政治の距離~マスコミの使命と課題を考える

政治学者・曽根泰教氏が、マスコミと政治の距離を中心に、マスコミの使命と課題について論じる。日本の新聞は各社それぞれの立場をとっており、その報道の基本姿勢は「客観報道」である。公的異議申し立てを前提とする中立的報...
収録日:2015/05/25
追加日:2015/06/29
曽根泰教
慶應義塾大学名誉教授
4

BREXITのEU首脳会議での膠着

BREXITのEU首脳会議での膠着

BREXITの経緯と課題(6)EU首脳会議における膠着

2018年10月に行われたEU首脳会議について解説する。北アイルランドの国境問題をめぐって、解決案をイギリスが見つけられなければ、北アイルランドのみ関税同盟に残す案が浮上するも、メイ首相や強硬離脱派はこれに反発している...
収録日:2018/12/04
追加日:2019/03/16
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
5

健康経営とは何か?取り組み方とメリット

健康経営とは何か?取り組み方とメリット

健康経営とは何か~その取り組みと期待される役割~

近年、企業における健康経営®の重要性が高まっている。少子高齢化による労働人口の減少が見込まれる中、労働力の確保と、生産性の向上は企業にとって最重要事項である。政府主導で進められている健康経営とは何か。それが提唱さ...
収録日:2021/07/29
追加日:2021/09/21
阿久津聡
一橋大学大学院経営管理研究科国際企業戦略専攻教授