テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2015.06.28

水素のトヨタVS電気のテスラ~熾烈な未来カー戦争


 現在主流のガソリンや軽油で動くエンジンは、今後の石油の価格高騰や枯渇の試練に否応なくさらされていく。したがって、石油以外で動く自動車の開発と普及が期待されている。

 そして、現在のエンジンに代わる有力候補はふたつ。「水素燃料電池自動車」と「電気自動車」である。双方とも既に実用化されていて、販売されている。

 電気自動車で最も注目されている企業なんと言っても、イーロン・マスクの率いる米国のテスラモーターズ。マスク氏は、南アフリカ出身。10歳からプログラミングをはじめ、米国でIT企業家として成功した後、電気自動車メーカーを起ち上げ、こちらも成功させている超やり手の起業家だ。

 一方、水素燃料電池車の市場をリードしているのはトヨタをはじめとするホンダや日産などの日本企業だ。日本経済を牽引する世界的自動車メーカーで、知らない人はまずいないだろう。トヨタは昨年、初の量産型水素燃料電池MIRAIを発売したのだが、受注は当初予測を数倍も上回り、今年のはじめ、早くも増産を発表している。


電気自動車と水素燃料自動車の違いとは?

 電気自動車に関しては特別な説明は要らないだろう。車体に充電池を積み、その電気でモーターを駆動させる、いわば電線の要らない電車のような仕組みだ。

 では、水素燃料電池車とはどんなものか説明できるだろうか?よくあるのは、水素に点火し得られた爆発力で動かすエンジンだという誤解だ。おそらく、ガソリンエンジンのガソリンを、そのまま水素に置き換えて考えたことで起こる勘違いだろう。

 そうではなく、水素燃料電池車とは、水素と酸素を反応させて得られた電気でモーターを動かす電気自動車なのだ。つまり、電気自動車と水素燃料電池車の違いは、予めバッテリーに蓄えられた電気で走るか、水素と酸素の化学反応で電気を供給しながら走るかの違いということだ。


双方のメリット・デメリット

 ところで肝心なのは、2つのタイプの自動車のメリット・デメリットだ。電気自動車のメリットはどこでも充電できること。例えば、家庭のガレージでコンセントから充電することも可能だ。つまり、ガソリンスタンドのような施設が要らないということだ。

 一方、水素燃料電池車は燃料の水素を充填する水素ステーションを必要とする。水素ステーションはガソリンスタンドと全く違う仕組みのため、新しく各地に設置していくことが必要だ。巨額の初期投資を必要とする。

 しかし、水素燃料電池車は、一回充填すると長距離の安定的な走行が可能だ。トヨタの発表している数値では約650km。一般的なガソリン車が約4~500kmだと考えれば、素晴らしい走行距離だ。しかも、一回の充填は数分で済む。携帯の充電と同じように、一回の充電に長い時間を要する電気自動車のような不便やストレスはほぼないと言ってよい。

 そして、充電に時間のかかる上に、電気自動車が一回の充電で走ることのできる距離は約200kmほどだと言われている。もちろんバッテリーを多く積めば、走行距離の問題は解決するわけだが、バッテリーの重さ、大きさ、そして価格がそれを難しくしている。

 今後、低価格化と技術開発が進み、それらの不便は解消していくだろうが、今のところ「補給時間」と「走行距離」の点では水素燃料電池車には遠く及ばないというのが実際のところだ。


それでも、イーロン・マスク氏は強気

 「水素燃料電池はまったく馬鹿げている。議論にも値しない」
 マスク氏は、トヨタの発売したMIRAIを意識したのであろう記者の質問にこう答えた。

 理由は、水素を作り出すためのプロセスが非常に大変だということだ。水素は、水やメタンを利用して製造されるが、大量に生産するためには大規模な工場が必要だ。しかし、電気はソーラーパネルなどあればそれで大丈夫だというわけだ。

 また、水素が爆発などのリスクが高いやっかいな代物であること、上記にも述べた水素ステーションの問題を語っていたこともある。そして、以上のような水素燃料電池車の欠点は数年の内に明らかになるだろうと語った。


トヨタは冷静に反論

 しかしトヨタは、冷静に反論する。トヨタとしては、数年で出てくる欠点などは通過点に過ぎず、2020年以降を見越して動いているというのだ。そもそもMIRAIのプロジェクトは、現状トヨタにとって赤字覚悟である。つまり、普及が目的の投資なのだ。しかも、大企業らしく悠然と5~10年以上先の市場作りのための布石だと公言している。

 現在、先行投資として、トヨタは各地で水素ステーションの建設も進めている。また、水素の製造についても、より効率的でエコな生産が可能になる技術も研究されている。社会インフラとして普及させるための戦略を一歩ずつ前進させていっているのだ。


テスラモーターズも日本進出を強化

 マスク氏は4月、今年後半に日本でのテスラモーターズの整備拠点を8ヶ所新設すると表明。販売網よりもアフターケアを重視する、顧客に安心感を与えることが目的の戦略だ。また、パナソニックと新しいバッテリー工場建設も進めている。こちらもインフラ化を狙った動きである。

 今後、電気自動車が普及しないということはあまり考えられない。というのも、そもそも電気自動車というものは、精密な機械工学を必要とするガソリン自動車と違い、電池とモーターさえあれば出来てしまうものだからだ。極端に言えば、昔流行した「ミニ四駆」と原理的に同じだ。

 もちろん、だからこそ新規参入も比較的簡単な領域でもあり、テスラモーターズが勝つとも言い切れない。実際に、三菱自動車などのメーカーにより、水素燃料電池車よりもずっと前に一般用に市販されており、既にそれなりに普及もしている。

 一方、燃料電池車はそもそも高度な技術と、膨大なインフラ投資を要する技術で、新規参入の壁も高く、普及すれば市場のシェアは取りやすいかも知れない。しかし、採算ラインにのるほど普及しなければ、コストばかりかかるやっかいなしろものにもなりかねない。

 現在は政府や自治体の後押しもあり、国内の売れ行きは順調だが、日本市場にのみ最適化し、独自の進化を遂げ、やがて滅亡したガラパゴス携帯のような運命をたどる可能性もゼロではなく、世界中でいかに広く、継続的に使ってもらえるかが重要である。

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

最高の商品を作る!Airbnbの成功とジョブズの言葉に学ぶ

最高の商品を作る!Airbnbの成功とジョブズの言葉に学ぶ

サム・アルトマンの成功哲学とOpenAI秘話(4)Yコンビネーターが提供するもの

起業家を志すアメリカの若者の重要な拠点となったYコンビネーター。では具体的に、Yコンビネーターはどのような場として機能し、若い起業家を支えてきたのだろうか。最も有名なの出身者の一つとして「エアビーアンドビー(Airbn...
収録日:2024/03/13
追加日:2024/05/10
桑原晃弥
経済・経営ジャーナリスト
2

ノーベル賞受賞「オートファジー」とは?その仕組みに迫る

ノーベル賞受賞「オートファジー」とは?その仕組みに迫る

オートファジー入門~細胞内のリサイクル~(1)細胞と細胞内の入れ替え

2016年ノーベル医学・生理学賞の受賞テーマである「オートファジー」とは何か。私たちの体は無数の細胞でできているが、それが日々、どのようなプロセスで新鮮な状態を保っているかを知る機会は少ない。今シリーズでは、細胞が...
収録日:2023/12/15
追加日:2024/03/17
水島昇
東京大学 大学院医学系研究科・医学部 教授
3

全ては運か!?良い運を引っ張ってくるために心がけること

全ては運か!?良い運を引っ張ってくるために心がけること

運と歴史~人は運で決まるか(4)「全ては運で決まる」という疑問

「全ては運で決まる」という考え方がある。しかし、この見方に疑義を唱える山内氏。歴史を振り返ってみれば、「運をつかんだ」といえるケースでは、確実に運をつかむ、あるいは味方につけるための方法が見えてくるからだ。では...
収録日:2024/03/06
追加日:2024/05/09
山内昌之
東京大学名誉教授
4

20億人以上が肥満…飽食の時代に大事な「選食力」3カ条

20億人以上が肥満…飽食の時代に大事な「選食力」3カ条

飽食時代の「選食」のススメ(1)選食の提唱と「食の多様性」

世界の肥満者数が増加の一途をたどり、偏食や低栄養などの問題も叫ばれている昨今。そんな飽食の時代に対応するための食への態度として堀江氏が提唱するのが、食事の質と量を見極める「選食」である。では選食とはいったいどの...
収録日:2023/05/23
追加日:2023/08/24
堀江重郎
順天堂大学医学部・大学院医学研究科 教授
5

地球儀を俯瞰する!?国際政治を読むために重要な地図の見方

地球儀を俯瞰する!?国際政治を読むために重要な地図の見方

地政学入門 歴史と理論編(2)なぜ地理が重要なのか

国際政治を地理的要素に着目して分析するのが地政学だが、なぜ地理が国家間の政治を考える上で重要な要素になるのか。その理由は地理が持つ「不変性」にあると小原氏は言う。また、地理を考えるときに欠かせないのが地図で、見...
収録日:2024/03/27
追加日:2024/05/07
小原雅博
東京大学名誉教授