社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
鳥はなぜ電線に止まるのか
電柱と鳥の関係を研究する「電柱鳥類学」
電線に鳥が止まって鳴いている――。現代の日本ではありふれた光景ですが、じつはこれが「ありふれた光景」になったのは、地球の長い歴史のなかでごく最近になってからのことです。電柱がこの世に初めて登場したのは、19世紀中ごろのアメリカ。日本において電柱が立ち始めたのは1970年頃です。そして、大規模な電源開発が行なわれて電柱や電線が国内に普及し、一般的なものなったのは戦後になってからのことでした。
鳥類は電柱に出会ってから、たかだか150年前後。その短い歴史から電柱と鳥類の関係を読み解こうとしたのが、『電柱鳥類学――スズメはどこに止まっている?』(岩波書店)です。
「電柱鳥類学」とは、ある種の造語です。「森林と鳥の関係を研究する」学問を森林鳥類学、「河川と鳥の関係を研究する」学問を河川鳥類学と呼ぶのならば、「電柱と鳥の関係を研究する学問」を電柱鳥類学と呼んでいいではないか。先述の書籍の著者であり、都市に生息する鳥類を研究し続けている北海道教育大学函館校国際地域学科教授の三上修氏はそう述べます。
鳥は電柱に止まりたくて止まっている?
電柱と鳥の関係を知るためには、鳥が止まる「電柱」を知らなければ始まりません。そこで同書は、電柱と電線についての基礎知識の解説から始まります。ひと言で「電柱」「電線」といっても、電柱は3種類、電線は4種類あり、さらに電柱はさまざまな付属品(変圧器、腕金、碍子……)から構成されています。これらを鳥たちは、巧みに利用しているというわけです。当然、すべての鳥が電線に止まるわけではありません。日本だけでも生息する鳥は約700種。そのうち電線に止まるのは、1:鳥の生息域に電線があり、2:電線に止まることが可能で、3:電線に止まる目的がある、というものに限られます。
これらを見ていくと、たとえば私たちに身近なスズメやカラスが、なぜ電柱や電線に止まるのか、そしてどの位置に止まるのかが、徐々に見えてきます。
「電柱鳥類学」の面白い点は、歴史が浅いがゆえに、いまだ分からないことが多いということでしょう。それゆえ同書でも、さまざまな推測や仮説が出てきます。その1つが、「鳥は電線に止まりたいから止まっているのであってほしい」という著者の思いから出た “頭寒足熱説(鳥は暖を取るために電線に止まっているのではないか)”という仮説。本書では、このような三上氏の電柱と鳥への愛が、いたるところに垣間見えます。
私たちの生活に影響する「停電」~電力会社と鳥の知恵比べ~
「電柱鳥類学」は、鳥と電柱との関係にとどまらず、私たち人間の生活にも影響します。その1つが「停電」です。鳥が電柱に巣をつくったり、鳥が飛行中に電線に接触したりすることで、停電が発生します。鳥の巣作りについては電力会社と鳥の知恵比べといってもよく、複雑な構造の電柱であっても、鳥は巧みに巣作りを行う様子が本書でも記されています。
実際には、鳥が原因で停電が起こるのは非常に稀なことでで、平成29年度では鳥が原因の停電は、1都道府県で年間(多くても)12.1件。停電は発生したとしても、事故が起きた狭い範囲以外は10秒~5分程度で回復する工夫がされています。
電力会社は、被害が多いカラスなどの鳥が巣を作らないような構造の電柱を考えたり、巣の発見・撤去作業に励んでいてくれています(被害が出なさそうな鳥の巣は、ヒナが巣立つまで見守ってから撤去しているとのこと)。これら地道な作業は、電気を日々享受している私たちからすれば本当に頭が下がる思いです。
無電柱化に伴って失われていく日常風景
「電柱は町の景観を損なう」「災害時に倒壊のリスクがある」「交通の妨げになっている」。このような理由で、すでに海外では無電柱化が主流となっています。日本でも今後は本格的に電柱を地中化する方向に動くことは間違いありません。すると、鳥たちはそれにあわせて、止まる場所や巣を作る場所を変えることになるのでしょう。電柱を利用することになったのも、ここ百数十年のこと。環境が変わればそれに適応していくのが生物です。
そうすると、「電線に鳥が止まっている」という日常風景は、今後どんどんと失われていくのかもしれません。そう考えると、上を見上げて電線に止まる鳥たちのさえずりやなんとも愛くるしい姿を目に焼き付けたくなる今日この頃です。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
自分を豊かにする“教養の自己投資”始めてみませんか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。
『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
日本は集権的か分権的か?明治以来の国家の仕組みに迫る
「集権と分権」から考える日本の核心(1)日本の国家モデルと公の概念
今も明治政府による国家モデルが生きている現代社会では、日本は中央集権の国と捉えられがちだが、歴史を振り返ればどうだったのかを「集権と分権」という切り口から考えてみるのが本講義の趣旨である。7世紀に起こった「大化の...
収録日:2025-06-14
追加日:2025/08/18
百年後の日本人のために、共に玉砕する仲間たちのために
大統領に告ぐ…硫黄島からの手紙の真実(4)百年後の日本人のために
硫黄島の戦いでの奇跡的な物語を深く探究したノンフィクション『大統領に告ぐ』。著者の門田隆将氏は、「読者の皆さんには、その場に身を置いて読んでほしい」と語る。硫黄島の洞窟の中で、自分が死ぬ意味を考えていた日本人将...
収録日:2025-07-09
追加日:2025/08/15
原発建設には10年以上も…小型モジュール炉の可能性と課題
日本のエネルギー政策大転換は可能か?(2)世界のエネルギーと日本の原発事情
再生可能エネルギーのシェアが世界的に圧倒的な伸びを見せる中、第7次エネルギー基本計画において原子力発電を最大限活用する方針を示した日本政府だが、それはどこまで現実的なのか。国際エネルギー機関が発表した今後のエネル...
収録日:2025-04-04
追加日:2025/08/17
なぜウェルビーイングが大事?DEIとの関係と価値の多様化
DEIの重要性と企業経営(2)人的資本経営とウェルビーイング経営
今、企業の中に「人的資本経営」が急速に浸透している。経産省の定義によると、人的資本経営とは、人材を資本と捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方のこと。類似する概念と...
収録日:2025-05-22
追加日:2025/08/15
健診結果はあなたの大切な歴史、活用して健康寿命を延ばす
生活習慣病予防に~健診結果の正しい読み方(3)データは変化と連関で見るべし
健診結果の各データを個別に見ていては「バラバラ事件」になってしまう。それこそデータを有効に活用することはできない。自分の生活習慣を映し出すデータがいかに連関しているかを意識し、リスクファクターを見極めるかが重要...
収録日:2025-01-10
追加日:2025/08/11