社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
不便がもたらすビジネスの仕組みとは?
家電製品にデジタル機器、多彩なサービス。多くの商品やサービスはいずれも、誰もが感じる「不便」を改善、克服して便利にすることでヒット商品となったとか、ビジネスを成功に導いたと思いがちですが、どうやらそれとは逆の話もあるようです。
不便だからこそ、その良さを生かしたものがある。そのことを「不便益」というそうですが、いったいどういうことなのでしょうか。今回は京都先端科学大学教授で不便益システム研究所の代表でもある川上浩司先生に、この不便益についてお話をうかがいます。
たとえば、甘栗の固い皮をむくのは手間がかかり大変なので、その不便を解消したヒット商品がありました。そこで、それをヒントに川上先生は「手間のかからない便利な商品、サービス」を発想します。その一つが「プラモデル組み立てときました」。パーツを一つ一つ組み立てるのはユーザーの手間になるのだから、全て組み立てておいてさしあげましたよ、というわけです。さらには「富士山エスカレーター」なるもの。登山者がわざわざ歩く手間やしんどさを経験せずに、山頂に到達できるというとても便利な製品です。
あれ?これって便利だけどなんかヘンだぞ。川上先生は気がつきました。不便だけど、だからこその良さがあるということもあるのではないか。それなら、そうしたものが世の中にはもっともっとあるのではないか。そこから不便益の研究が始まったのです。
一つめは、富士フィルムの往年のヒット商品「写ルンです」。市場デビュー30年を記念して2016年に復刻版を発売したところ、またたく間に売り切れました。デジタルカメラ全盛のなか、枚数も限定され、出来栄えのチェックもできない「不便な」フィルム式カメラがなぜこれほどの人気となったのか。この復刻版は、元の「写ルンです」を知らない若い世代に特に人気が高かったそうで、若者いわく「この不便さがいい」のだったとか。
限られた枚数だからこそ、「これぞ」の一枚を吟味して撮ろうとする。そのためには、光の具合もよくよく考えるようになる。結果、珠玉の一枚が撮れて、写し取った光景がしっかりと眼に、脳に、定着するという効果も生んだのです。
別の例では、山口県山口市にあるデイケアセンターが実施している「バリアフリー」ならぬ「バリアアリー」というもの。これは、デイケアセンターのなかにわざと軽微なバリアをこしらえて、入居者がそのバリアを超えることで、身体能力、運動能力を維持できるようにしたのです。「あそこに段差があるぞ」と注意力を喚起する効果もあるでしょう。まさにバリアという不便を活用して、不便益を獲得した好例です。
このように、不便益は能動的工夫の余地を使用者、利用者に与えるのです。
京都嵐山にある旅館「星のや京都」は、新幹線京都駅から在来線で嵯峨嵐山駅へ。そこから徒歩で桟橋に向かい、専用の渡し船に乗らないと行きつけないという実に不便なところにあります。こんな不便なところにあるのでは、客足が遠のいてしまうと思ってしまいますが、実はこれが「川と山に囲まれた秘境にある旅館にわざわざ行きたくなる」モチベーションを向上させ、星のやの名前を押し上げました。
日常的にも、細い路地や裏道など「こんなところに!」と思うような不便な場所に、レストランやファッションのお店があるのを目にするようになりました。これなども不便さが隠れ家的効果を生んで、わざわざ行きたいモチベーションを高めている好例といえるでしょう。
ちなみに、こんな裏道の名店を見つけるのは、車やバイクなどの便利な交通手段が使えなくて、仕方なく徒歩で通りかかったときだったりします。これも、普段は見逃していたものに気づいたからこそ、そこにチャンスが生まれた不便益ということになります。
能動的工夫やモチベーション、そしてチャンス。不便という欠点を逆手にとった不便益に、まだいろいろなビジネスの種は隠されていそうです。便利に飼いならされた脳のトレーニングとして、不便益を生かしたビジネスを考えてみるのもいいかもしれません。
不便だからこそ、その良さを生かしたものがある。そのことを「不便益」というそうですが、いったいどういうことなのでしょうか。今回は京都先端科学大学教授で不便益システム研究所の代表でもある川上浩司先生に、この不便益についてお話をうかがいます。
「便利だけどなんかヘンだぞ」から始まった不便益の研究
工学部出身の川上先生は、「便利=益」であり、テクノロジーによって「便利で豊かな社会」を実現するのが工学の使命と考えていた、と言います。工学の分野では、不便とは「手間がかかる、頭を使わなければならない」と定義するため、めざすのは「手間のかからない、簡単に扱えるもの」ということになります。たとえば、甘栗の固い皮をむくのは手間がかかり大変なので、その不便を解消したヒット商品がありました。そこで、それをヒントに川上先生は「手間のかからない便利な商品、サービス」を発想します。その一つが「プラモデル組み立てときました」。パーツを一つ一つ組み立てるのはユーザーの手間になるのだから、全て組み立てておいてさしあげましたよ、というわけです。さらには「富士山エスカレーター」なるもの。登山者がわざわざ歩く手間やしんどさを経験せずに、山頂に到達できるというとても便利な製品です。
あれ?これって便利だけどなんかヘンだぞ。川上先生は気がつきました。不便だけど、だからこその良さがあるということもあるのではないか。それなら、そうしたものが世の中にはもっともっとあるのではないか。そこから不便益の研究が始まったのです。
写ルンです、バリアアリーがもたらす不便益
では、実際に不便益を生かした商品やサービスの具体例をみながら、不便益の「益」にはどんなものがあるのかをみていきましょう。一つめは、富士フィルムの往年のヒット商品「写ルンです」。市場デビュー30年を記念して2016年に復刻版を発売したところ、またたく間に売り切れました。デジタルカメラ全盛のなか、枚数も限定され、出来栄えのチェックもできない「不便な」フィルム式カメラがなぜこれほどの人気となったのか。この復刻版は、元の「写ルンです」を知らない若い世代に特に人気が高かったそうで、若者いわく「この不便さがいい」のだったとか。
限られた枚数だからこそ、「これぞ」の一枚を吟味して撮ろうとする。そのためには、光の具合もよくよく考えるようになる。結果、珠玉の一枚が撮れて、写し取った光景がしっかりと眼に、脳に、定着するという効果も生んだのです。
別の例では、山口県山口市にあるデイケアセンターが実施している「バリアフリー」ならぬ「バリアアリー」というもの。これは、デイケアセンターのなかにわざと軽微なバリアをこしらえて、入居者がそのバリアを超えることで、身体能力、運動能力を維持できるようにしたのです。「あそこに段差があるぞ」と注意力を喚起する効果もあるでしょう。まさにバリアという不便を活用して、不便益を獲得した好例です。
このように、不便益は能動的工夫の余地を使用者、利用者に与えるのです。
モチベーションもチャンスも不便益へつながる
次に、「不便益」がモチベーションを向上させる例をご紹介しましょう。京都嵐山にある旅館「星のや京都」は、新幹線京都駅から在来線で嵯峨嵐山駅へ。そこから徒歩で桟橋に向かい、専用の渡し船に乗らないと行きつけないという実に不便なところにあります。こんな不便なところにあるのでは、客足が遠のいてしまうと思ってしまいますが、実はこれが「川と山に囲まれた秘境にある旅館にわざわざ行きたくなる」モチベーションを向上させ、星のやの名前を押し上げました。
日常的にも、細い路地や裏道など「こんなところに!」と思うような不便な場所に、レストランやファッションのお店があるのを目にするようになりました。これなども不便さが隠れ家的効果を生んで、わざわざ行きたいモチベーションを高めている好例といえるでしょう。
ちなみに、こんな裏道の名店を見つけるのは、車やバイクなどの便利な交通手段が使えなくて、仕方なく徒歩で通りかかったときだったりします。これも、普段は見逃していたものに気づいたからこそ、そこにチャンスが生まれた不便益ということになります。
能動的工夫やモチベーション、そしてチャンス。不便という欠点を逆手にとった不便益に、まだいろいろなビジネスの種は隠されていそうです。便利に飼いならされた脳のトレーニングとして、不便益を生かしたビジネスを考えてみるのもいいかもしれません。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。
『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
ヒトは共同保育の動物――生物学からみた子育ての基礎知識
ヒトは共同保育~生物学から考える子育て(1)動物の配偶と子育てシステム
「ヒトは共同保育の動物だ」――核家族化が進み、子育ては両親あるいは母親が行うものだという認識が広がった現代社会で長谷川氏が提言するのは、ヒトという動物本来の子育て方法である「共同保育」について生物学的見地から見直...
収録日:2025/03/17
追加日:2025/08/31
日本の弾道ミサイル開発禁止!?米ソとは異なる宇宙開拓の道
未来を知るための宇宙開発の歴史(7)米ソとは異なる日本の宇宙開発
日本は第二次大戦後に軍事飛行等の技術開発が止められていたため、宇宙開発において米ソとは全く違う道を歩むことになる。日本の宇宙開発はどのように技術を培い、発展していったのか。その独自の宇宙開拓の過程を解説する。(...
収録日:2024/11/14
追加日:2025/09/02
天平期の天然痘で国民の3割が死亡?…大仏と崩れる律令制
「集権と分権」から考える日本の核心(3)中央集権と六国史の時代の終焉
現代流にいうと地政学的な危機感が日本を中央集権国家にしたわけだが、疫学的な危機によって、それは早い終焉を迎えた。一説によると、天平期の天然痘大流行で3割もの人口が減少したことも影響している。防人も班田収授も成り行...
収録日:2025/06/14
追加日:2025/09/01
世界は数学と音楽でできている…歴史が物語る密接な関係
数学と音楽の不思議な関係(1)だれもがみんな数学者で音楽家
数学も音楽も生きていることそのもの。そこに正解はなく、だれもがみんな数学者で音楽家である。これが中島さち子氏の持論だが、この考え方には古代ギリシア以来、西洋で発達したリベラルアーツが投影されている。この信念に基...
収録日:2025/04/16
追加日:2025/08/28
自由な多民族をモンゴルに統一したチンギス・ハーンの魅力
モンゴル帝国の世界史(2)チンギス・ハーンのカリスマ性
なぜモンゴルがあれほど大きな帝国を築くことができたのか。小さな部族出身のチンギス・ハーンは遊牧民の部族長たちに推されて、1206年にモンゴル帝国を建国する。その理由としていえるのは、チンギス・ハーンの圧倒的なカリス...
収録日:2022/10/05
追加日:2023/01/07