テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2021.06.30

不便がもたらすビジネスの仕組みとは?

 家電製品にデジタル機器、多彩なサービス。多くの商品やサービスはいずれも、誰もが感じる「不便」を改善、克服して便利にすることでヒット商品となったとか、ビジネスを成功に導いたと思いがちですが、どうやらそれとは逆の話もあるようです。

 不便だからこそ、その良さを生かしたものがある。そのことを「不便益」というそうですが、いったいどういうことなのでしょうか。今回は京都先端科学大学教授で不便益システム研究所の代表でもある川上浩司先生に、この不便益についてお話をうかがいます。

「便利だけどなんかヘンだぞ」から始まった不便益の研究

 工学部出身の川上先生は、「便利=益」であり、テクノロジーによって「便利で豊かな社会」を実現するのが工学の使命と考えていた、と言います。工学の分野では、不便とは「手間がかかる、頭を使わなければならない」と定義するため、めざすのは「手間のかからない、簡単に扱えるもの」ということになります。

 たとえば、甘栗の固い皮をむくのは手間がかかり大変なので、その不便を解消したヒット商品がありました。そこで、それをヒントに川上先生は「手間のかからない便利な商品、サービス」を発想します。その一つが「プラモデル組み立てときました」。パーツを一つ一つ組み立てるのはユーザーの手間になるのだから、全て組み立てておいてさしあげましたよ、というわけです。さらには「富士山エスカレーター」なるもの。登山者がわざわざ歩く手間やしんどさを経験せずに、山頂に到達できるというとても便利な製品です。

 あれ?これって便利だけどなんかヘンだぞ。川上先生は気がつきました。不便だけど、だからこその良さがあるということもあるのではないか。それなら、そうしたものが世の中にはもっともっとあるのではないか。そこから不便益の研究が始まったのです。

写ルンです、バリアアリーがもたらす不便益

 では、実際に不便益を生かした商品やサービスの具体例をみながら、不便益の「益」にはどんなものがあるのかをみていきましょう。

 一つめは、富士フィルムの往年のヒット商品「写ルンです」。市場デビュー30年を記念して2016年に復刻版を発売したところ、またたく間に売り切れました。デジタルカメラ全盛のなか、枚数も限定され、出来栄えのチェックもできない「不便な」フィルム式カメラがなぜこれほどの人気となったのか。この復刻版は、元の「写ルンです」を知らない若い世代に特に人気が高かったそうで、若者いわく「この不便さがいい」のだったとか。

 限られた枚数だからこそ、「これぞ」の一枚を吟味して撮ろうとする。そのためには、光の具合もよくよく考えるようになる。結果、珠玉の一枚が撮れて、写し取った光景がしっかりと眼に、脳に、定着するという効果も生んだのです。

 別の例では、山口県山口市にあるデイケアセンターが実施している「バリアフリー」ならぬ「バリアアリー」というもの。これは、デイケアセンターのなかにわざと軽微なバリアをこしらえて、入居者がそのバリアを超えることで、身体能力、運動能力を維持できるようにしたのです。「あそこに段差があるぞ」と注意力を喚起する効果もあるでしょう。まさにバリアという不便を活用して、不便益を獲得した好例です。

 このように、不便益は能動的工夫の余地を使用者、利用者に与えるのです。

モチベーションもチャンスも不便益へつながる

 次に、「不便益」がモチベーションを向上させる例をご紹介しましょう。

 京都嵐山にある旅館「星のや京都」は、新幹線京都駅から在来線で嵯峨嵐山駅へ。そこから徒歩で桟橋に向かい、専用の渡し船に乗らないと行きつけないという実に不便なところにあります。こんな不便なところにあるのでは、客足が遠のいてしまうと思ってしまいますが、実はこれが「川と山に囲まれた秘境にある旅館にわざわざ行きたくなる」モチベーションを向上させ、星のやの名前を押し上げました。

 日常的にも、細い路地や裏道など「こんなところに!」と思うような不便な場所に、レストランやファッションのお店があるのを目にするようになりました。これなども不便さが隠れ家的効果を生んで、わざわざ行きたいモチベーションを高めている好例といえるでしょう。

 ちなみに、こんな裏道の名店を見つけるのは、車やバイクなどの便利な交通手段が使えなくて、仕方なく徒歩で通りかかったときだったりします。これも、普段は見逃していたものに気づいたからこそ、そこにチャンスが生まれた不便益ということになります。

 能動的工夫やモチベーション、そしてチャンス。不便という欠点を逆手にとった不便益に、まだいろいろなビジネスの種は隠されていそうです。便利に飼いならされた脳のトレーニングとして、不便益を生かしたビジネスを考えてみるのもいいかもしれません。

~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

なぜ『ホトトギス』に注目?江藤淳の「リアリズムの源流」

なぜ『ホトトギス』に注目?江藤淳の「リアリズムの源流」

AI時代に甦る文芸評論~江藤淳と加藤典洋(2)江藤淳の「リアリズムの源流」

文芸評論を再考するに当たり、江藤淳氏の「リアリズムの源流」を振り返ってみる。一般的に日本で近代小説が始まった起源は坪内逍遥だといわれるが、江藤氏はそれに疑問を呈す。そして注目したのが、夏目漱石の「坊ちゃん」であ...
収録日:2025/04/10
追加日:2025/07/02
與那覇潤
評論家
2

ヨーロッパとは?地図で読み解く地政学と国際政治の関係

ヨーロッパとは?地図で読み解く地政学と国際政治の関係

地政学入門 ヨーロッパ編(1)地図で読むヨーロッパ

国際政治の戦略を考える上で今やかかせない地政学の視座。今回のシリーズではヨーロッパに焦点を当て、地政学の観点から情勢分析をする。第1話目では、まず地政学の要点をおさらいし、常に揺れ動いてきた「ヨーロッパ」という領...
収録日:2025/02/28
追加日:2025/05/05
小原雅博
東京大学名誉教授
3

アジア的成熟国家モデルづくりへ、日本が目指すべき道とは

アジア的成熟国家モデルづくりへ、日本が目指すべき道とは

日本の財政と金融問題の現状(4)日本が目指すべき成熟国家への道

機関投資家や経営者の生の声から日本の金融市場の問題点を見ていくと、リスクマネーを供給するための市場づくりや人材育成等の課題が浮き彫りになる。良質なスタートアップ企業を育てるにはどうすればいいのか。今こそアジア的...
収録日:2025/04/13
追加日:2025/07/01
木下康司
元財務事務次官
4

「イエス・キリスト」という名前の本当の意味は?

「イエス・キリスト」という名前の本当の意味は?

キリスト教とは何か~愛と赦しといのち(1)「イエス」とは一体誰なのか

キリスト教とは何か。「文明の衝突」が世界中で現実化する中、この問題は日本人にとっても重要なものになっている。上智大学神学部教授・竹内修一氏は、「キリスト教とは何か」という問いは、同時に「イエスとは誰なのか」も意...
収録日:2016/12/26
追加日:2017/02/28
竹内修一
上智大学神学部教授
5

最悪のシナリオは?…しかしなぜ日本は報復すべきでないか

最悪のシナリオは?…しかしなぜ日本は報復すべきでないか

第2次トランプ政権の危険性と本質(8)反エリート主義と最悪のシナリオ

反エリート主義を基本線とするトランプ大統領は、金融政策の要であるFRBですらも敵対視し、圧力をかけている。このまま専門家軽視による経済政策が進めば、コロナ禍に匹敵する経済ショックが世界的に起こる可能性がある。最終話...
収録日:2025/04/07
追加日:2025/06/28
柿埜真吾
経済学者