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その時壮大な歴史ドラマがあった!『新版 ハングルの誕生』
日本のお隣の国・韓国。韓流ドラマのヒット、K-POPの人気拡大など、この20年ほどで文化的な距離はぐっと近づき、自然と韓国語を見聞きする機会も増えました。海は隔てているものの、歴史的にはお互い同じ漢字圏として発展した国。ドラマや映画を観ていて、「今の言葉、日本語の発音と似ているな」なんて思うこともありますよね。例えば「約束」は「ヤクソk(クは発音しない)」、気分は日本語の読みである「キブン」に非常に近い発音ですし、こうした言葉が他にも多く存在します。
しかし、韓国で使用されている「ハングル文字」を読めるという日本の方はそれほど多くないかもしれません。字面だけで何となく意味がわかる中国語の文字列に比べ、ハングル文字は“韓国の文字”だとわかっても、どんな意味なのか、見ただけで理解するのは難しいのではないでしょうか。日本で独自の「かな文字」は漢字がもとになっていますが、ハングルはじつはそうではありません。では、いったい何をもとにハングル文字は生まれたのでしょうか。
そんなハングル文字誕生の経緯について語られているのが、言語学者である野間秀樹先生の著書『新版 ハングルの誕生:人間にとって文字とは何か』(平凡社)です。ちなみに本書は、第22回(2010年)アジア・太平洋賞大賞を受賞した新書版に最新の内容を増補した新版です。
当時の朝鮮半島は、日本よりもさらに強い中国王朝の影響下にありました。地続きにある大国への配慮は常に欠かすことができません。その意味では、漢字との関わりは日本よりも深かったのかもしれません。そうした歴史背景のなか、朝鮮半島では常に漢字が使われていました。野間先生は、「朝鮮語は基本的に〈話されたことば〉としてのみ存在していたのであった。全面的に〈書かれたことば〉としての朝鮮語は、歴史の中で、未だ誰一人眼にしたことのないものであった」としています。つまり、話し言葉は独自の発展を遂げたのに、文字はそれに伴っていなかったのです。
そんななか、自分たちの文字を持とうと立ち上がった人物がいました。朝鮮王朝時代、第四代の王である世宗(セジョン)。韓国の歴史のなかでも名君と知られた人物です。本書の文章を引用すると「この〈ハングル〉は朝鮮王朝時代、第四代の王、世宗(セジョン)の命により一四四三年の陰暦一二月に創られ、一四四六年の陰暦九月に『訓民正音(くんみんせいおん)』という書物の形で公布された」とされ、この『訓民正音』に解説されている文字が、のちにハングル文字と呼ばれるようになるのです。
本書のなかでは、ハングル文字の構造を読み解きながら、この文字がいかに理知的に構成されていったのか、日本語や中国語、英語など、多様な言語の例とともにひも解かれていきます。ハングル文字は表音文字といって音を表す文字のため、『訓民正音』の制作者たちは、新しい文字を表音文字として機能させるために、自分たちの話している言語を緻密に調べつくします。言葉や音を分解し、発音方法やイントネーションを調べ、母音や子音の組み合わせや、それらのルールを研究していきました。
「二〇世紀の言語学は、発せられては消えゆく言語音から、単位をいかに切り出すかという問いに対して、整然たる解答を獲得した。(中略)〈音素〉とは、ある言語体系において、単語の意味を区別しうる、言語音の最小の単位である」としたうえで、野間先生は「驚くべきことに、〈訓民正音〉は、言語学が二〇世紀を迎えて辿り着いた〈音素〉へと、ほとんど到達していた」と書いています。文字をゼロから作るという国家プロジェクトに挑んだ人々は、自分たちの話す言葉に対して研究に研究を重ね、数百年先の技術にまでたどり着いていたのです。
こうした新しい文化が生み出されれば、必ず保守的な人々と対立することは、現実でもフィクションでもお約束といえます。『訓民正音』を広めていきたい世宗に対して、当時の大臣や官僚、知識人たちは猛反発を見せたのです。野間先生は、「一五世紀朝鮮の知識人たちにとって漢字は、謂わば生そのものであった」といいます。所謂、上流階級である両班(ヤンバン)の人々は当時、生まれたあと漢字で名前を付けられ、知識を得ることも語らうことも全て漢字で行っていたのです。
漢字が失われてしまう、中国王朝への敬いはどうしたのかと危惧する知識人の両班に対して、世宗は、自分の国の言葉を適切に表す文字がないこと、民衆たちは漢字や漢文を理解できず、言葉を書き記すこともできない、それはいかがなものなのかと、喧々諤々のやり取りを行いました。実際ハングル文字が丸や縦線、横線といった単純な線で構築されるのは、どんな階級の人間でも扱いやすいように考えられたからでした。こうした対立は、政治的な立場の違いから起こったのではなく、お互いに本気で自国の文明や文化のことを思ってのことだったと、野間先生は説明しています。
こうして、生まれたハングル文字は、ときに弾圧を経験しながら、数百年という年月を経て、現在の朝鮮半島の文字として定着していきます。
長い年月をじっくりとかけ多くの人の手を通して変化してきた漢字などと比べると短期間ではあるけれども、ハングル文字は制作者の強い意思のもとに創られ、それを受け継いできた文字といえるでしょう。そうしたハングル文字の成り立ち、構造、可能性を知ることで、その問いの答え、つまり「人間にとって文字とは何か」、その意味を感じることができるはずです。ぜひ一度、本書をお手にとってみてください。
しかし、韓国で使用されている「ハングル文字」を読めるという日本の方はそれほど多くないかもしれません。字面だけで何となく意味がわかる中国語の文字列に比べ、ハングル文字は“韓国の文字”だとわかっても、どんな意味なのか、見ただけで理解するのは難しいのではないでしょうか。日本で独自の「かな文字」は漢字がもとになっていますが、ハングルはじつはそうではありません。では、いったい何をもとにハングル文字は生まれたのでしょうか。
そんなハングル文字誕生の経緯について語られているのが、言語学者である野間秀樹先生の著書『新版 ハングルの誕生:人間にとって文字とは何か』(平凡社)です。ちなみに本書は、第22回(2010年)アジア・太平洋賞大賞を受賞した新書版に最新の内容を増補した新版です。
自分たちの文字を持とうと奮起した名君
さて、文字が生まれる経緯はさまざまです。中国の漢字は甲骨文字といって、カメの甲羅やウシの肩甲骨に書かれていた古代文字が発展したものだと考えられています。日本語の「平仮名」の〈あ〉は、漢字の〈安〉の変形したもので、その起源には漢字があります。では肝心のハングル文字はというと、じつは全くのオリジナル文字。朝鮮半島で全くのゼロから生まれた文字なのです。しかし、ハングル文字自体が誕生したのは15世紀。日本の仮名が10世紀頃には誕生していたのと比べると、少し遅れた誕生になります。当時の朝鮮半島は、日本よりもさらに強い中国王朝の影響下にありました。地続きにある大国への配慮は常に欠かすことができません。その意味では、漢字との関わりは日本よりも深かったのかもしれません。そうした歴史背景のなか、朝鮮半島では常に漢字が使われていました。野間先生は、「朝鮮語は基本的に〈話されたことば〉としてのみ存在していたのであった。全面的に〈書かれたことば〉としての朝鮮語は、歴史の中で、未だ誰一人眼にしたことのないものであった」としています。つまり、話し言葉は独自の発展を遂げたのに、文字はそれに伴っていなかったのです。
そんななか、自分たちの文字を持とうと立ち上がった人物がいました。朝鮮王朝時代、第四代の王である世宗(セジョン)。韓国の歴史のなかでも名君と知られた人物です。本書の文章を引用すると「この〈ハングル〉は朝鮮王朝時代、第四代の王、世宗(セジョン)の命により一四四三年の陰暦一二月に創られ、一四四六年の陰暦九月に『訓民正音(くんみんせいおん)』という書物の形で公布された」とされ、この『訓民正音』に解説されている文字が、のちにハングル文字と呼ばれるようになるのです。
徹底的に解析された言語
文字を創り出すといわれても、漠然としていて、どれくらい困難なものか、分かりづらいかもしれません。わたしたちが新しい文字を生み出すとしたら、せいぜい既存の「五十音」や「アラビア数字」、「アルファベット」などに合わせて記号化した文字をつくるとか、母音と子音を表すマークをつくるといったところでしょうか。しかし、それはあくまで「五十音」などの基礎的な仕組みがすでに出来上がっているからできることであって、ゼロから文字を生み出すことではありません。本書のなかでは、ハングル文字の構造を読み解きながら、この文字がいかに理知的に構成されていったのか、日本語や中国語、英語など、多様な言語の例とともにひも解かれていきます。ハングル文字は表音文字といって音を表す文字のため、『訓民正音』の制作者たちは、新しい文字を表音文字として機能させるために、自分たちの話している言語を緻密に調べつくします。言葉や音を分解し、発音方法やイントネーションを調べ、母音や子音の組み合わせや、それらのルールを研究していきました。
「二〇世紀の言語学は、発せられては消えゆく言語音から、単位をいかに切り出すかという問いに対して、整然たる解答を獲得した。(中略)〈音素〉とは、ある言語体系において、単語の意味を区別しうる、言語音の最小の単位である」としたうえで、野間先生は「驚くべきことに、〈訓民正音〉は、言語学が二〇世紀を迎えて辿り着いた〈音素〉へと、ほとんど到達していた」と書いています。文字をゼロから作るという国家プロジェクトに挑んだ人々は、自分たちの話す言葉に対して研究に研究を重ね、数百年先の技術にまでたどり着いていたのです。
新旧の文化のぶつかり合い
本書では、そうした文字創造のプロセスを語ると同時に、誕生した文字がいかに奮闘して朝鮮半島に広まっていったのか、その黎明期の政治ドラマにも言及がなされています。こうした新しい文化が生み出されれば、必ず保守的な人々と対立することは、現実でもフィクションでもお約束といえます。『訓民正音』を広めていきたい世宗に対して、当時の大臣や官僚、知識人たちは猛反発を見せたのです。野間先生は、「一五世紀朝鮮の知識人たちにとって漢字は、謂わば生そのものであった」といいます。所謂、上流階級である両班(ヤンバン)の人々は当時、生まれたあと漢字で名前を付けられ、知識を得ることも語らうことも全て漢字で行っていたのです。
漢字が失われてしまう、中国王朝への敬いはどうしたのかと危惧する知識人の両班に対して、世宗は、自分の国の言葉を適切に表す文字がないこと、民衆たちは漢字や漢文を理解できず、言葉を書き記すこともできない、それはいかがなものなのかと、喧々諤々のやり取りを行いました。実際ハングル文字が丸や縦線、横線といった単純な線で構築されるのは、どんな階級の人間でも扱いやすいように考えられたからでした。こうした対立は、政治的な立場の違いから起こったのではなく、お互いに本気で自国の文明や文化のことを思ってのことだったと、野間先生は説明しています。
こうして、生まれたハングル文字は、ときに弾圧を経験しながら、数百年という年月を経て、現在の朝鮮半島の文字として定着していきます。
「人間にとって文字とは何か」を知るために貴重な一冊
野間先生は本書の「はじめに」のなかで、「空気の揺らぎを言語音として私たちが聴く、そうした営みの中で成り立つ〈話されたことば〉は、そもそもどうして〈文字という視覚的な仕掛け〉を通した〈書かれたことば〉になりうるのだろうか」と問いかけをしています。長い年月をじっくりとかけ多くの人の手を通して変化してきた漢字などと比べると短期間ではあるけれども、ハングル文字は制作者の強い意思のもとに創られ、それを受け継いできた文字といえるでしょう。そうしたハングル文字の成り立ち、構造、可能性を知ることで、その問いの答え、つまり「人間にとって文字とは何か」、その意味を感じることができるはずです。ぜひ一度、本書をお手にとってみてください。
<参考文献>
『新版 ハングルの誕生:人間にとって文字とは何か』(野間秀樹著、平凡社)
https://www.heibonsha.co.jp/book/b588099.html
<参考サイト>
野間秀樹先生の言語学研究室のホームページ
http://www.aurora.dti.ne.jp/~noma/
『新版 ハングルの誕生:人間にとって文字とは何か』(野間秀樹著、平凡社)
https://www.heibonsha.co.jp/book/b588099.html
<参考サイト>
野間秀樹先生の言語学研究室のホームページ
http://www.aurora.dti.ne.jp/~noma/
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