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DATE/ 2021.11.11

こころとからだの健康のために欠かせない「呼吸の科学」

 世界的に流行した新型コロナウィルス。感染防止と予防のためにこれまで2年近く、わたしたちは毎日のようにマスクを身につけて生活するようになりました。普段当たり前に行っていた呼吸が、マスクによって遮られ、息をすること──“呼吸”をすることに改めて意識を向けたという人もたくさんいるのではないでしょうか。

 そんな、“呼吸”をテーマに書かれた一冊が、名古屋大学大学院医学系研究科教授である石田浩司先生の著書『呼吸の科学 いのちを支える驚きのメカニズム』(ブルーバックス)です。生きることに欠かすことのできない呼吸のメカニズム。普段の生活をしているとき、運動時、こころが穏やかなとき、乱れたとき……わたしたちはどんな呼吸をしているのでしょう。人が1日のうちに行う2万回以上の呼吸が、からだのなかでどんな役割を担い、どのように影響を与えているのか。この一冊を通して、当たり前だけど当たり前じゃない、呼吸の働きが見えてきます。

内臓器官のなかで唯一意識的に変えられる“呼吸”

 わたしたちのからだと呼吸の関係について、まず本書の「はじめに」ではこんなお話が出て来ます。

“呼吸は内臓器官の中で、唯一、意識的に変えることができます。また、「息があう」「あうんの呼吸」「息をのむ」「息が詰まる」「息もつかせず」「息が長い」「息を潜める」……。これらの言い回しは、呼吸とこころやからだが密接に関係しているということを示しています。”

 確かに、呼吸や息にまつわる言葉はたくさんあります。この羅列された表現だけを見ても、どんな感情なのか、どんな状況なのか、自然とからだにその感覚が浮かんでくるのは、いわれてみれば少し不思議な感じもしますね。また、“唯一、意識的に変えることができる”という部分も、もしかしたら意外に思われる方もいるかもしれません。たとえば、呼吸は意識的に止めることができますが、心臓は自分の意識では止められませんし、止めることができたら大変なことになってしまいます。

 無意識にしているようで、じつはとても意識的なものが呼吸です。近年ヒットしているマンガ原作のアニメ『鬼滅の刃』では、「○○の呼吸」というものが出てきますが、呼吸をコントロールすることで、こころを安静にしたり、逆に何かパワーをひねり出すような感覚は、じつは人類が共有して持っている意識の一つなのかもしれません。

呼吸についての基礎的な知識からディープな話まで学べる

 本書では、そんな呼吸とからだ、こころの関係を丁寧にひも解いていきます。まず、冒頭の1章では呼吸時にからだのなかで何が起きているのかといった、呼吸器の基礎的な知識の解説がなされています。肺の機能、肺胞や、肺動脈、肺静脈といった単語を聞くと、学校で習った臓器の構造が思い起こされますね。そうした基礎的な情報からはじまり、じつは呼吸をする際に、動いているのは肺ではなく筋肉であるという事実や、「呼吸筋のトレーニング」といった耳馴染みのない事柄も登場し、呼吸器そのものがいかに複雑な構造をしているのかを改めて知ることができます。

 肺・呼吸といえば、必要なものは酸素ですが、酸素と呼吸の関係については2章で細かく説明がなされます。理科の授業のように思われるかもしれませんが、随所に「呼吸トリビア」ともいえるさまざまな情報が敷き詰められており、たとえば“富士山頂での酸素飽和度は、じつは地平と同じ割合である”といったことや、体内で使われるエネルギーと酸素やヘモグロビンの関係など、さらにディープな呼吸の話が展開されます。

意外な発見も!運動と呼吸の関係とは

 こうしたからだや臓器の構造に興味がある方もいれば、運動やヨガといった呼吸と密接な関わりのあるものに興味がある方もいるかもしれません。3、4章では運動やスポーツにおける呼吸のあり方が解説されています。なかでも、「走る」といった行為はとてもメジャーな身体のトレーニング方法ですが、呼吸と関わりの深い運動でもあります。学生時代の体育の授業では、歩調に合わせて呼吸を「スッスッハッハッ」と、2回に分けて息を吸い、2回に分けて息を吐く、それが厳しくなったら「スッスッハー」と、吐くときは長く一度にするように教えられた人も多いかと思います。

 果たしてこの呼吸法は走るという行為において正しいのでしょうか。もしかしてもっといい呼吸法があるのでは? 正しい呼吸をすれば運動は楽になるのでは?──そんな問いをさまざまな角度で分析しているのが、とくに3章で語られている「持久運動での呼吸の動態とメカニズム」です。コロナ太りから運動をはじめたという方も多い昨今、意外な発見がここでもあるかもしれません。

呼吸がもたらすこころとからだへのいい影響

 最終章の5章では、“呼吸と「こころ・からだ」のいい関係”と銘打ち、タイトルの通り、呼吸がもたらすこころへの影響や、どうしたら呼吸を用いてこころをよりよい状態に近づけることができるのかといったことが解説されています。

 本書のなかで“ヒトでは、恐怖や怒り、不安などの拒否的感情によって、浅く小刻みな呼吸になることや、嫌悪感のあるときには、呼吸の抑制や休止が起こること(中略)が報告されています。(中略)このように、呼吸には情動が大きく影響しています。もちろん、逆に、呼吸が情動に影響を及ぼす場合もあります”と説明されています。冒頭で、感情や状況を表す呼吸を使った慣用句が多いのは、こうした背景からと考えられます。そして、逆に呼吸を意識することで、自分のこころを落ちつかせたり、リラックスした状態に近づけたりすることができるのです。

 また、ヨガは一般的にも呼吸と密接に関わっていることが知られていますが、本書のなかでは石田先生オススメの呼吸法が紹介されています。詳細は本書に譲るとして、さらに大学で学生さんたちと行った集中力と呼吸に関する実験の結果をもとにストレッチについて解説されています。いずれも呼吸によって心身を整える方法として取り上げています。

 ということで、呼吸についての知識を得ることは、自分の生活やこころのあり方を見つめ直す意味でも大事なことだといえます。まだしばらくはマスクを外して思いっきり深呼吸することが難しい状況が続きそうなので、テレワークの合間や自宅で休息をとられているときなどに本書を読んで、オススメの呼吸法を試してみてはいかがでしょう。

<参考文献>
『呼吸の科学 いのちを支える驚きのメカニズム』 (石田浩司著、ブルーバックス)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000357439

<参考サイト>
石田浩司先生のホームページ
http://www2.htc.nagoya-u.ac.jp/~ishida/
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