社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
『医療崩壊 真犯人は誰だ』、その大いなる謎に迫る
日本は世界一の病床を保有する「病床大国」です。にもかかわらず、2021年、新型コロナウイルス感染拡大を受けて確保されたコロナ病床はなんと全病床のわずか4パーセント。結果、医療崩壊の危機に陥りました。
なぜそうなってしまったのでしょうか。その謎を読み解くための一冊として、『医療崩壊 真犯人は誰だ』 (鈴木亘著、講談社現代新書)に注目したいと思います。本書はミステリー小説のように、いくつか要因を事件の「容疑者」に見立て、エビデンスを提示しながら、危機をもたらした真犯人をあぶり出していきます。真犯人は何だったのか。このあと、本書で取り上げられている容疑者たちを紹介していきます。
著者の鈴木亘氏は学習院大学経済学部経済学科教授で、医療経済学、社会保障論、福祉経済学の専門家です。政府の行政改革推進会議委員を務めているほか、これまでも国家戦略特区ワーキンググループ委員、規制改革会議専門委員などを務めています。著書に『財政危機と社会保障』『社会保障亡国論』(ともに講談社現代新書)、共著に日経経済図書文化賞を受賞した『健康政策の経済分析:レセプトデータによる評価と提言』(東京大学出版会) などがあります。
病院関係者にこう質問にしてみると、「医療スタッフが足りないからだ」という答えがよくあがるそうです。つまり、最初の容疑者は「少ないスタッフ」という要因です。
OECDのデータを見てみると、日本は、先進国の中でもとても医師数が少ないことがわかります。2018年時点で、人口千人あたりの医師数のOECD加盟国の平均が3.5人であるのに対して、日本はそれを下回る2.5人。しかも全国で約30万人いる医師のうち、3分の1にあたる約10万人が開業医です。鈴木氏は「開業医たちがコロナ入院患者に対する即戦力になるかと言えば、それは難しいと言わざるをえません」と述べています。それなら真犯人、つまり医療崩壊の危機をもたらした最大の要因は「少ないスタッフ」なのか。
鈴木氏は、次のように述べています。日本全体の医療人材を効率的に活用する体制をつくれば、医療スタッフ不足は解決可能な問題であり、「少ないスタッフ」は主犯級の「真犯人」とは言えない、と。
そのため、実態としてコロナ患者を受け入れていない民間病院が多く存在したことを鈴木氏は指摘しています。もちろん、民間病院が多いこと自体が問題なのではありません。非常時に公立・公的病院と同じように、民間病院に対しても迅速に指示・命令できる体制があればいいわけです。
したがって、容疑者2も容疑者1と同様に「真犯人」とはいえないでしょう。
そのため、多くの病院でコロナ患者を受け入れることができず、医療逼迫が生じる原因となりました。なぜ日本ではこんなことになっているのかといえば、容疑者2の「多過ぎる民間病院」が大きく関係しています。つまり、日本は民間病院が多いために「小規模の病院」も多いということです。
おそらく、これは多くの人が納得するところでしょう。医療スタッフ不足や病院の規模などもともとのリソースの問題はある意味、仕方ないとしても、「政府のガバナンス」についてはもうちょっとどうにかなったのではないか。鈴木氏は「政府のガバナンスの混乱が生み出した『二次災害』として、医療崩壊の危機が起きた」のではないかと厳しく批判しています。
実は、政府には事前に「政府行動計画」というものがありました。それを十分に生かすことができれば、医療崩壊の危機に陥るような状況にはならなかったのではないかと鈴木氏は考えています。では、なぜ事前の計画を生かすことができなかったのか。答えは驚くほどシンプルです。計画はあっても、それを実行するための事前準備、訓練を怠ってきたからです。
こうした備えに対する不足は、コロナ・パンデミックに限ったことではないでしょう。南海トラフ地震、首都直下地震などの大地震をはじめ、私たち日本人はいつ大規模災害が起こってもおかしくない状況の中で暮らしています。しかも、そのことを知っていながら、準備もシミュレーションもとうてい万全とはいえないのが実情です。
そういう意味では、今回のコロナ・パンデミックは防災意識を高めるためのまたとない好機といえます。政府はもちろん、私たち一人一人も今こそ、さまざまな災害への備えに対して、積極的に取り組むべきではないでしょうか。本書はそのことを実感させてくれる貴重な一冊だといえるでしょう。
なぜそうなってしまったのでしょうか。その謎を読み解くための一冊として、『医療崩壊 真犯人は誰だ』 (鈴木亘著、講談社現代新書)に注目したいと思います。本書はミステリー小説のように、いくつか要因を事件の「容疑者」に見立て、エビデンスを提示しながら、危機をもたらした真犯人をあぶり出していきます。真犯人は何だったのか。このあと、本書で取り上げられている容疑者たちを紹介していきます。
著者の鈴木亘氏は学習院大学経済学部経済学科教授で、医療経済学、社会保障論、福祉経済学の専門家です。政府の行政改革推進会議委員を務めているほか、これまでも国家戦略特区ワーキンググループ委員、規制改革会議専門委員などを務めています。著書に『財政危機と社会保障』『社会保障亡国論』(ともに講談社現代新書)、共著に日経経済図書文化賞を受賞した『健康政策の経済分析:レセプトデータによる評価と提言』(東京大学出版会) などがあります。
容疑者1:少ないスタッフ
「なぜ、医療崩壊の危機に陥るのか?」病院関係者にこう質問にしてみると、「医療スタッフが足りないからだ」という答えがよくあがるそうです。つまり、最初の容疑者は「少ないスタッフ」という要因です。
OECDのデータを見てみると、日本は、先進国の中でもとても医師数が少ないことがわかります。2018年時点で、人口千人あたりの医師数のOECD加盟国の平均が3.5人であるのに対して、日本はそれを下回る2.5人。しかも全国で約30万人いる医師のうち、3分の1にあたる約10万人が開業医です。鈴木氏は「開業医たちがコロナ入院患者に対する即戦力になるかと言えば、それは難しいと言わざるをえません」と述べています。それなら真犯人、つまり医療崩壊の危機をもたらした最大の要因は「少ないスタッフ」なのか。
鈴木氏は、次のように述べています。日本全体の医療人材を効率的に活用する体制をつくれば、医療スタッフ不足は解決可能な問題であり、「少ないスタッフ」は主犯級の「真犯人」とは言えない、と。
容疑者2:多過ぎる民間病院
次の容疑者は「多過ぎる民間病院」です。これはどういうことかというと、実は日本全体の病院の七割から八割を「民間病院」が占めており、民間病院に対しては公立・公的病院のように行政から指示・命令できないのだそうです。そのため、実態としてコロナ患者を受け入れていない民間病院が多く存在したことを鈴木氏は指摘しています。もちろん、民間病院が多いこと自体が問題なのではありません。非常時に公立・公的病院と同じように、民間病院に対しても迅速に指示・命令できる体制があればいいわけです。
したがって、容疑者2も容疑者1と同様に「真犯人」とはいえないでしょう。
容疑者3:小規模の病院
結論からいえば、「小規模の病院」を医療崩壊の危機をもたらした最大の要因と鈴木氏は見立てています。小規模の病院は、その規模の小ささのために、物理的にも採算的にもコロナの入院患者を受け入れることが非常に困難です。それにもかかわらず、日本の病院の実に約7割が200床未満の中小病院です。そのため、多くの病院でコロナ患者を受け入れることができず、医療逼迫が生じる原因となりました。なぜ日本ではこんなことになっているのかといえば、容疑者2の「多過ぎる民間病院」が大きく関係しています。つまり、日本は民間病院が多いために「小規模の病院」も多いということです。
「政府のガバナンス不足」による二次災害と事前の準備不足
続けて、容疑者4に「フル稼働できない大病院」、容疑者5に「病院間の不連携・非協力体制」、容疑者6に「『地域医療構想』の呪縛」を挙げていますが、詳しい内容は本書を読んでいただくとして、ここでは「主犯級中の主犯」として名指ししている容疑者7の「政府のガバナンス不足」についてご紹介します。おそらく、これは多くの人が納得するところでしょう。医療スタッフ不足や病院の規模などもともとのリソースの問題はある意味、仕方ないとしても、「政府のガバナンス」についてはもうちょっとどうにかなったのではないか。鈴木氏は「政府のガバナンスの混乱が生み出した『二次災害』として、医療崩壊の危機が起きた」のではないかと厳しく批判しています。
実は、政府には事前に「政府行動計画」というものがありました。それを十分に生かすことができれば、医療崩壊の危機に陥るような状況にはならなかったのではないかと鈴木氏は考えています。では、なぜ事前の計画を生かすことができなかったのか。答えは驚くほどシンプルです。計画はあっても、それを実行するための事前準備、訓練を怠ってきたからです。
こうした備えに対する不足は、コロナ・パンデミックに限ったことではないでしょう。南海トラフ地震、首都直下地震などの大地震をはじめ、私たち日本人はいつ大規模災害が起こってもおかしくない状況の中で暮らしています。しかも、そのことを知っていながら、準備もシミュレーションもとうてい万全とはいえないのが実情です。
そういう意味では、今回のコロナ・パンデミックは防災意識を高めるためのまたとない好機といえます。政府はもちろん、私たち一人一人も今こそ、さまざまな災害への備えに対して、積極的に取り組むべきではないでしょうか。本書はそのことを実感させてくれる貴重な一冊だといえるでしょう。
<参考文献>
『医療崩壊 真犯人は誰だ』 (鈴木亘著、講談社現代新書)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000359595
<参考サイト>
鈴木亘先生の公式ホームページ
https://www-cc.gakushuin.ac.jp/~20080041/
『医療崩壊 真犯人は誰だ』 (鈴木亘著、講談社現代新書)
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000359595
<参考サイト>
鈴木亘先生の公式ホームページ
https://www-cc.gakushuin.ac.jp/~20080041/
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,300本以上。
『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
55年体制は民主主義的で、野党もブレーキ役に担っていた
55年体制と2012年体制(1)質的な違いと野党がなすべきこと
戦後の日本の自民党一党支配体制は、現在の安倍政権における自民党一党支配と比べて、何がどのように違うのか。「55年体制」と「2012年体制」の違いと、民主党をはじめ現在の野党がなすべきことについて、ジェラルド・カ...
収録日:2014/11/18
追加日:2014/12/09
5Gはなぜワールドワイドで推進されていったのか
5Gとローカル5G(1)5G推進の背景
第5世代移動通信システムである5Gが、日本でもいよいよ導入される。世界中で5Gが導入されている背景には、2020年代に訪れるというデータ容量の爆発的な増大に伴う、移動通信システムの刷新がある。5Gにより、高精細動画のような...
収録日:2019/11/20
追加日:2019/12/01
マスコミは本来、与野党機能を果たすべき
マスコミと政治の距離~マスコミの使命と課題を考える
政治学者・曽根泰教氏が、マスコミと政治の距離を中心に、マスコミの使命と課題について論じる。日本の新聞は各社それぞれの立場をとっており、その報道の基本姿勢は「客観報道」である。公的異議申し立てを前提とする中立的報...
収録日:2015/05/25
追加日:2015/06/29
BREXITのEU首脳会議での膠着
BREXITの経緯と課題(6)EU首脳会議における膠着
2018年10月に行われたEU首脳会議について解説する。北アイルランドの国境問題をめぐって、解決案をイギリスが見つけられなければ、北アイルランドのみ関税同盟に残す案が浮上するも、メイ首相や強硬離脱派はこれに反発している...
収録日:2018/12/04
追加日:2019/03/16
健康経営とは何か?取り組み方とメリット
健康経営とは何か~その取り組みと期待される役割~
近年、企業における健康経営®の重要性が高まっている。少子高齢化による労働人口の減少が見込まれる中、労働力の確保と、生産性の向上は企業にとって最重要事項である。政府主導で進められている健康経営とは何か。それが提唱さ...
収録日:2021/07/29
追加日:2021/09/21