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DATE/ 2022.03.20

盗難や事故でもう見れない「絵画」とは

後を絶たない絵画の盗難事件

 2012年にギリシャ国立美術館から盗まれた、スペインの画家パブロ・ピカソの絵画「女の頭部」が、9年後の昨年6月に発見され、美術界で大きな話題になりました。この絵画は、ナチス・ドイツの占領に抵抗するギリシャの姿に感激したピカソが、1949年にギリシャに寄贈した作品です。他の2点の作品といっしょに盗まれてしまいましたが、建設作業員の49歳の男が犯行を自白して、事件解決へとつながりました。

 男は盗んだ絵画を自宅に隠したあと、地元の渓谷に隠し場所を変えたと供述。これにしたがって捜索した結果、アテネの南東に位置するケラテアという農村で発見されたのです。絵画の裏面には「ギリシャの皆さんへ、ピカソからの贈り物」という内容が明記されていたため、売却が難しかったようだとギリシャ文化相は見解を発表しています。

 美術館から絵画を盗むなんて、映画や漫画のなかの話のようですよね。しかし現実として、美術品の盗難事件は“よくある”こと。国際刑事警察機構インターポールの盗難美術品データベースには、盗難されたり行方不明になったりした美術品が約5万2千点も登録されています。しかも、ピカソの「女の頭部」のように発見されるケースは珍しく、多くの盗まれた絵画が、もう見られない幻の作品になってしまっているのです。

フェルメールの絵画は“盗みやすい”

 数ある「盗難されたまま行方不明の絵画」のなかでも、代表格としてあげられることの多い作品が、オランダの画家ヨハネス・フェルメールの「合奏」です。この絵画はアメリカのボストンにあるイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館に所蔵されていましたが、1990年3月に盗難されて以来、現在も発見されていません。このとき、「合奏」以外にも12点の絵画と1点のブロンズ像が同時に盗まれており、現在も行方不明のため、この事件は美術史上最大の未解決事件といわれています。

 フェルメールの作品は、この事件以外にも5回の盗難事件にあっており、盗難被害を受けやすいことがうかがえます。なぜ、フェルメールの作品がよく狙われるのかというと、現存作品が35点ほどしかないとされており、希少価値が高いからと考えられます。また、フェルメールは生涯に不明点が多いミステリアスな画家であり、作品は研究資料としても高い価値を持っています。さらに、小ぶりな作品が多いのも特徴で、ほとんどが1メートル四方以内に収まります。大人が片手で持ち運べるサイズなので、物理的に“盗みやすい”というわけです。

 盗まれた絵画が通常のマーケットに出てくれば、当然ながら足がついてしまいますから、売買は裏社会のマーケットで極秘裏に行われるといわれます。そしてそのまま、二度と表の世界には出てこないのです。画家が丹精込めて描いた絵画が、二度と見られないなんて迷惑な話ですよね。それでも買い手がつく限り、絵画の盗難は残念ながらなくならないのです。

幻となってしまった絵画の数々

 フェルメールの「合奏」以外にも、盗難で行方不明になったままの絵画をご紹介しましょう。

 「ガラリアの海の嵐」:オランダの画家レンブラント・ファン・レインが、1633年に描いた作品。船に乗ったキリスト一行が、ガラリア海で嵐に遭遇する聖書の一場面を描いており、レンブラント唯一の海景画とされます。「合奏」とともに盗まれた作品のひとつで、現在も行方不明のままです。

 「眠れる羊飼い」:フランスの画家フランソワ・ブーシェが18世紀頃に描いた作品。木陰で眠る羊飼いの姿を描いています。1996年にシャルトル美術館から盗難され、2001年に犯人は逮捕されましたが、犯人の母親が警察の追及を恐れてこの作品を処分したため、二度と見られなくなってしまいました。

 「春のヌエネンの牧師館の庭」:オランダの画家フィンセント・ヴァン・ゴッホが、1884年に描いた作品。ゴッホの父の家から見える教会の廃墟を描いています。2020年3月に、所蔵するフローニンゲン美術館より借り受けていたシンガー・ラーレン美術館から盗まれました。当時、シンガー・ラーレン美術館は新型コロナウィルスの感染拡大防止のため休館中で、そのタイミングを狙った犯行です。盗難の容疑者は昨年逮捕されましたが、作品はまだ行方不明のままです。

 また、盗難以外の理由で見られなくなってしまった絵画もあります。以下に一例をご紹介します。

 「ライオン狩り」:フランスの画家ウジェーヌ・ドラクロワが1854年から翌年にかけて描いた作品。ボルドー美術館に所蔵されていましたが、19世紀の火災で上半分ほどが焼失してしまいました。しかし、オディロン・ルドンの模写が残っていたため、上半分の描画もわかっています。両作品はボルドー美術館に所蔵されています。

 「シレノスの行進」:ドイツの画家ピーテル・パウル・ルーベンスが17世紀頃に描いた作品。ベルリン美術館の絵画館に所蔵されていましたが、第二次世界大戦中にナチス・ドイツに接収され、フリードリヒスハイン高射砲塔に隠されました。1945年にベルリンがソ連に占拠されたとき、高射砲塔に火災が起きてこの作品も焼失しました。

 画家に魂を込められた絵画が失われるのは悲しいことですよね。より多くの人が作品に敬意を示し、大切に扱うようになることを祈るばかりです。

<参考サイト>
・美術手帖 美術史上最悪の未解決事件。被害総額5億ドルの「ガードナー美術館盗難事件」とは何か?
https://bijutsutecho.com/magazine/insight/24066
・美術手帖 5万2000点の盗難美術品にアクセス可能。インターポールが独自のアプリを公開
https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/23994
・クリエイトアイエムエス 盗まれた世界の名画 フェルメール「合奏」
https://ims-create.co.jp/art/1181/
・BBCニュース 盗まれたピカソの絵画、ギリシャ・アテネ近郊で発見
https://www.bbc.com/japanese/57648071

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