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DATE/ 2023.01.19

『HSPの心理学』から学ぶ「生きづらさ」との向き合い方

 みなさんは「HSP」という言葉をご存じでしょうか。心理系・精神系の話題に関心のある方、性格診断に興味がある方、もしかすると占いが好きという人にとっては周知のことかもしれませんが、近年、HSPが注目されています。

 HSPとは、「Highly Sensitive Person」の頭文字をとったもので、感受性がとくに高い人たちを表すラベルとして知られています。最近は、書店にもHSPをテーマにしたものが多く並び、とくに日本では「生きづらさ」とセットで語られることで、多くの人が興味を抱くようになりました。しかし話題になる一方で、一昔前に流行した「血液型診断」や「どうぶつ占い」のように、簡易な占いの領域を出ず、科学的なエビデンスのない情報も流布するようになっています。だからといって、HSPは漠然とした概念というわけではなく、きちんと研究がなされている、れっきとした心理学の1ジャンルなのです。

 そこで今回ご紹介するのは、そんなHSPを科学的な知見から解説する、『HSPの心理学:科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』(金子書房)です。著者は現在、創価大学教育学部で専任講師をしている飯村周平先生。飯村先生は、思春期・青年期を対象とした環境感受性をテーマに研究をされています。

 HSPが「生きづらい」のは本当なのでしょうか。自分はHSP? そもそもHSPは特別なこと? そんな疑問に答えてくれる一冊になっています。

HSPの広まりとともに生まれた誤解

 HSPに興味を持たれている方のなかには、すでにネットなどにある診断を受けてみたという方もいるかもしれません。試しに「HSP」と検索してみると、診断サイトがいくつも出てきます。しかし、飯村先生によると、こうしたネット上の診断にはエビデンスが十分でないものが多く、なかには「HSP」とは関係のない、うつ症状のチェックリストも混在しているそうです。

 もともと、HSPの提唱者が明示したチェックリストは27項目となっており、そのなかでも日本人の感受性を計ることができるとされているのは、19項目です。また、飯村先生は、「何個以上当てはまればHSP」という書き方に科学的根拠はなく、「HSPか、それ以外か」という二元論的な考え方には注意が必要であるとしています。

 本書の1章はこうしたHSPに対する誤解をひも解く構成となっています。「○○型HSP」といった分類に科学的根拠がないことや、HSPは〝特別な能力〟ではないこと、遺伝するという噂や、スピリチュアルと混同されがちな現状など、大見出しをパラパラとみるだけで、世に広まっているHSPのイメージが現状と離れてしまっていることを感じます。

「感受性が高い=弱い」ではない

 冒頭でお話したように、HSPはれっきとした学問の一分野です。飯村先生は、日本で広まったHSPの考え方と、学術上の概念とではズレがあるとしています。

〈(HSPは)「生きづらさ」に名前を与えるために研究が始められたわけではありません。むしろ、「感受性が強い=弱い」という誤った見方を「ニュートラル」に捉えなおしたことが、この概念のルーツであり、重要なポイントです。したがって、「生きづらい人」にHSPというラベルを貼ることは、(中略)学術的に正確な見方ではありません〉

 HSPを抜きにしても、「感受性が高い」というのは、周囲の出来事に過敏でストレスを抱えやすく、ひどく繊細なイメージを抱くかもしれません。しかし、そもそもこうしたイメージに問いを投げかけ、感受性が高いということがどう作用しているのかをより客観的に捉えようとするのが、本来のHSPの概念であるといえます。

 また、心理学の分野では「環境感受性」という言葉を使い、HSPを研究しています。これは、「悪い環境と良い環境の両方からの影響の受けやすさ」を表すもので、すべての人が持つ当たり前の特性です。この周囲の環境からの影響を受けやすいか受けにくいかが、HSPの指標の一つになっています。飯村先生は「HSPとは、環境感受性という特性がとても高い人たちを表すラベル」といい、HSPが“良い”か“悪い”かではなく、「良い環境と悪い環境の両方から影響を受けやすい」のが特徴だと示しています。

HSPを自認する人へのヒント

 本書では、1章から4章まで、HPSについての誤解をひも解くとともに学術的な解説や研究知見がまとめられています。入門的な内容から専門性の高い情報まで、幅広く扱われており、目次から気になる項目を見て開くだけでも、新しい発見やHSPへの理解を深めるための知識を得ることができます。そして、最後の5章では高い環境感受性を持っていると感じる人がどうすればいいのかについて提示されています。

 飯村先生は、「感受性が高い人ほど、過ごしやすい環境を整えることが自身の生きやすさにとって大切になります」と記しています。HSPは良くも悪くも環境に影響されやすいという特徴を持っているため、どう環境を改善していくのかが「生きづらさ」を緩和する方法の一つになるのです。

 たとえば、ストレスをどう捉えるのか、自分の精神状態を測る方法、精神病理の知識についてなど、生活のなかに取り入れられるものもあります。

HSPはゴールではなくスタート

 いかがでしたでしょうか。HSPという言葉、もしくは概念について、既存のイメージとは少し違う側面が見られたと思います。飯村先生ご本人も、子どものころから「神経質」といわれていたため、HSPという概念との出会い衝撃を受けたのだそうです。

 そして、飯村先生はこう語っています。「HSPをゴールではなく、スタートにして欲しい」と。知ることはすべてのはじまり。自分の心の特性を知り、ニュートラルな受け止め方を学び、認識することによって、現状をどう改善してゆけばいいのか、その手がかりを必ず見つけることができる。「生きづらさ」というものを抱えている現代社会だからこそ、本書は貴重な一冊といえるのではないでしょうか。

<参考文献>
『HSPの心理学:科学的根拠から理解する「繊細さ」と「生きづらさ」』(飯村周平著、金子書房)
https://www.kanekoshobo.co.jp/book/b609124.html

<参考サイト>
飯村周平先生の研究室(いいむらぼ|発達心理学研究室)
https://sites.google.com/view/iimurashuhei/home

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