社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
なぜ世界には「3色」の国旗が多いのか
国旗とは、国家の象徴として制定された旗を指します。国旗にはさまざまな型(パターン)や色が使われていますが、最も多く制定されている型は三分割のパターンです。
そして、三分割された箇所を「3色」に染めわけた旗を、「三色旗(さんしょくき)」といいます。
ではなぜ、世界には「3色」の国旗が多いのでしょうか?
当時のオランダは無敵艦隊を擁するスペインに占領され、宗教的にも弾圧を受けていました。しかし、「オランダ建国の父」と称されるオラニエ公ウィレム1世を中心とした独立運動が起こります。その時シンボルとなった旗が、オラニエ家の紋章にちなんだ、上からオレンジ・白・青の横三分割の「3色」の旗でした。
独立戦争はオランダ側が勝利し、1581年に独立を宣言するにいたります。その際に、シンボルとなった「3色」の旗は国旗として制定され、世界初となる「3色」の国旗が誕生しました。その後、オランダは貿易と商工業が盛んな豊かな国となり、さらに17世紀後半には当時の最先進海上帝国へと発展しました。
ただし、1630年代になると、オラニエ(オレンジ)から採られたオレンジ色は、海上での識別のしにくさや褪色しやすいなどの理由から赤に変更となったといわれています。そのため、現在へと続くオランダの国旗は、赤・白・青の「3色」の国旗となりました。
1697年、海運技術の近代化推進や造船技術習得のため、オランダにも滞在します。その際、「3色」の国旗を掲げた国民が懸命に働き活躍している様子に感動したといわれています。
そして、帰国後にオランダの「3色」の国旗を手本に、現在のロシアでも制定されている、上から白・青・赤の横三分割の「3色」の国旗を作り、1705年に制定しました。
さらに1848年、チェコのプラハで開かれたスラブ会議(※)にて、白・青・赤がスラブ諸国の色に選ばれます。そこから、オランダ生まれ、ロシア経由の横三分割の白・青・赤の「3色」の国旗が、特に西ヨーロッパのスラブ諸国に広まりました(※スラブ:インド‐ヨーロッパ語族の中の、スラブ語を使う民族の総称。ヨーロッパ諸民族中最大の民族集団)。
「3色」の国旗を世界中に広めた立役者は、やはりフランスの「3色」の国旗といわれています。そして、フランスで「3色」の国旗が制定された背景には、世界的な大事件であるフランス革命が挙げられます。
1789年、バスティーユ襲撃をきっかけに、自由・平等・博愛をスローガンとしたフランス革命が勃発します。その際、後に国民軍総司令官となるラ・ファイエットが市民に与えた赤・白・青の帽章が、「3色」のフランス国旗の由来といわれています。
1790年にフランスの国旗として制定された際は、左から赤・白・青の縦三分割の「3色」でしたが、1792年に現在へと続く左から青・白・赤の縦三分割の「3色」の国旗に変更されました。
以後、フランスの「3色」の国旗は、独立や革命のシンボルとして多くの国の国旗に影響を与え、ヨーロッパ諸国に留まらず、世界中の国々で「3色」の国旗が制定されるようになりました。
2023年3月現在、例えば国連加盟国でも196カ国と世界にはたくさんの国が存在していますが、50カ国以上が「3色」の国旗を制定しています。
そして、三分割された箇所を「3色」に染めわけた旗を、「三色旗(さんしょくき)」といいます。
ではなぜ、世界には「3色」の国旗が多いのでしょうか?
世界初の「3色」の国旗制定国・オランダ
世界初の「3色」の国旗制定国はオランダといわれ、由来は16世紀後半まで遡るとされています。当時のオランダは無敵艦隊を擁するスペインに占領され、宗教的にも弾圧を受けていました。しかし、「オランダ建国の父」と称されるオラニエ公ウィレム1世を中心とした独立運動が起こります。その時シンボルとなった旗が、オラニエ家の紋章にちなんだ、上からオレンジ・白・青の横三分割の「3色」の旗でした。
独立戦争はオランダ側が勝利し、1581年に独立を宣言するにいたります。その際に、シンボルとなった「3色」の旗は国旗として制定され、世界初となる「3色」の国旗が誕生しました。その後、オランダは貿易と商工業が盛んな豊かな国となり、さらに17世紀後半には当時の最先進海上帝国へと発展しました。
ただし、1630年代になると、オラニエ(オレンジ)から採られたオレンジ色は、海上での識別のしにくさや褪色しやすいなどの理由から赤に変更となったといわれています。そのため、現在へと続くオランダの国旗は、赤・白・青の「3色」の国旗となりました。
「3色」の国旗を手本とした国・ロシア
オランダが最先進海上帝国へと発展していた17世紀末、偽名を用い変装したロシアのピョートル1世は、ロシアの近代化を図ろうと西ヨーロッパ諸国を訪問していました。1697年、海運技術の近代化推進や造船技術習得のため、オランダにも滞在します。その際、「3色」の国旗を掲げた国民が懸命に働き活躍している様子に感動したといわれています。
そして、帰国後にオランダの「3色」の国旗を手本に、現在のロシアでも制定されている、上から白・青・赤の横三分割の「3色」の国旗を作り、1705年に制定しました。
さらに1848年、チェコのプラハで開かれたスラブ会議(※)にて、白・青・赤がスラブ諸国の色に選ばれます。そこから、オランダ生まれ、ロシア経由の横三分割の白・青・赤の「3色」の国旗が、特に西ヨーロッパのスラブ諸国に広まりました(※スラブ:インド‐ヨーロッパ語族の中の、スラブ語を使う民族の総称。ヨーロッパ諸民族中最大の民族集団)。
世界に「3色」の国旗を広めた国・フランス
以上のように「3色」の国旗が誕生し、西ヨーロッパ諸国に広まった背景をみてきました。しかしながら、「トリコロール」の愛称で親しまれ、おそらく世界一有名な「3色」の国旗は、左から青・白・赤の縦三分割の「3色」のフランス国旗です。「3色」の国旗を世界中に広めた立役者は、やはりフランスの「3色」の国旗といわれています。そして、フランスで「3色」の国旗が制定された背景には、世界的な大事件であるフランス革命が挙げられます。
1789年、バスティーユ襲撃をきっかけに、自由・平等・博愛をスローガンとしたフランス革命が勃発します。その際、後に国民軍総司令官となるラ・ファイエットが市民に与えた赤・白・青の帽章が、「3色」のフランス国旗の由来といわれています。
1790年にフランスの国旗として制定された際は、左から赤・白・青の縦三分割の「3色」でしたが、1792年に現在へと続く左から青・白・赤の縦三分割の「3色」の国旗に変更されました。
以後、フランスの「3色」の国旗は、独立や革命のシンボルとして多くの国の国旗に影響を与え、ヨーロッパ諸国に留まらず、世界中の国々で「3色」の国旗が制定されるようになりました。
2023年3月現在、例えば国連加盟国でも196カ国と世界にはたくさんの国が存在していますが、50カ国以上が「3色」の国旗を制定しています。
<参考文献・参考サイト>
・『世界の国旗ビジュアル大事典』(吹浦忠正著、学研)
・『世界の国旗・国章歴史大図鑑』(苅安望、山川出版社)
・『世界一おもしろい国旗の本』ロバート・G.フレッソン絵と文、小林玲子訳、河出書房新社)
・国旗のパターンと三色旗の歴史
https://www.world-national-flags.com/study/three-color.html
・『世界の国旗ビジュアル大事典』(吹浦忠正著、学研)
・『世界の国旗・国章歴史大図鑑』(苅安望、山川出版社)
・『世界一おもしろい国旗の本』ロバート・G.フレッソン絵と文、小林玲子訳、河出書房新社)
・国旗のパターンと三色旗の歴史
https://www.world-national-flags.com/study/three-color.html
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
自分を豊かにする“教養の自己投資”始めてみませんか?
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。
『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
ヒトは共同保育の動物――生物学からみた子育ての基礎知識
ヒトは共同保育~生物学から考える子育て(1)動物の配偶と子育てシステム
「ヒトは共同保育の動物だ」――核家族化が進み、子育ては両親あるいは母親が行うものだという認識が広がった現代社会で長谷川氏が提言するのは、ヒトという動物本来の子育て方法である「共同保育」について生物学的見地から見直...
収録日:2025/03/17
追加日:2025/08/31
日本の弾道ミサイル開発禁止!?米ソとは異なる宇宙開拓の道
未来を知るための宇宙開発の歴史(7)米ソとは異なる日本の宇宙開発
日本は第二次大戦後に軍事飛行等の技術開発が止められていたため、宇宙開発において米ソとは全く違う道を歩むことになる。日本の宇宙開発はどのように技術を培い、発展していったのか。その独自の宇宙開拓の過程を解説する。(...
収録日:2024/11/14
追加日:2025/09/02
天平期の天然痘で国民の3割が死亡?…大仏と崩れる律令制
「集権と分権」から考える日本の核心(3)中央集権と六国史の時代の終焉
現代流にいうと地政学的な危機感が日本を中央集権国家にしたわけだが、疫学的な危機によって、それは早い終焉を迎えた。一説によると、天平期の天然痘大流行で3割もの人口が減少したことも影響している。防人も班田収授も成り行...
収録日:2025/06/14
追加日:2025/09/01
世界は数学と音楽でできている…歴史が物語る密接な関係
数学と音楽の不思議な関係(1)だれもがみんな数学者で音楽家
数学も音楽も生きていることそのもの。そこに正解はなく、だれもがみんな数学者で音楽家である。これが中島さち子氏の持論だが、この考え方には古代ギリシア以来、西洋で発達したリベラルアーツが投影されている。この信念に基...
収録日:2025/04/16
追加日:2025/08/28
自由な多民族をモンゴルに統一したチンギス・ハーンの魅力
モンゴル帝国の世界史(2)チンギス・ハーンのカリスマ性
なぜモンゴルがあれほど大きな帝国を築くことができたのか。小さな部族出身のチンギス・ハーンは遊牧民の部族長たちに推されて、1206年にモンゴル帝国を建国する。その理由としていえるのは、チンギス・ハーンの圧倒的なカリス...
収録日:2022/10/05
追加日:2023/01/07