テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2023.08.21

『人類三千年の幸福論』から考える人類を救うためのヒント

“人類三千年の歴史からひもときながら現代の「幸福論」を探る”――そんな壮大な試みの書籍が発売になりました。それが『人類三千年の幸福論 ニコル・クーリッジ・ルマニエールとの対話』(集英社)です。

 著者は、漫画家・文筆家・画家で東京造形大学客員教授のヤマザキマリ氏。ヤマザキ氏は、古代ローマと現代日本がお風呂でつながる『テルマエ・ロマエ』、古代ギリシャと現代日本がオリンピック『オリンピア・キュクロス』、さらに『プリニウス』『スティーブ・ジョブズ』『モーレツ!イタリア家族』などの快作漫画だけでなく、枠にとらわれないエッセイやトークも非常に魅力です。本書はそのヤマザキ氏による対談&エッセイ集です。

 そして、ヤマザキ氏が「幸福論」を語り尽くすために選んだ対談相手であり、本書の副題ともなっているニコル・クーリッジ・ルマニエール氏とは、2019年に大英博物館で開催され大好評を博した「マンガ展」の担当キュレーターで美術史家です。

未来の「幸福論」もすべて歴史に書いてある…

 本書の構成は、(1)ヤマザキ氏によるプロローグ、(2)ヤマザキ氏とニコル氏による全五章の対談「失敗や破綻はすべて過去に書いてある」、(3)ヤマザキ氏の漫画「美術館のパルミラ」、(4)ヤマザキ氏のエッセイ「人類を救う(かもしれない)ヤマザキマリの七つのヒント」、(5)ニコル氏によるエピローグ――となっています。

 本書のメインとなるヤマザキ氏とニコル氏による全五章の対談では、人類が書いて描いて記録してきた三千年の歴史を、専門の漫画や美術にとどまることのない鳥の目と虫の目をもって、二人の好奇心の赴くままに自由自在に語り尽くしています。

 二人は対談の中で、レオナルド・ダ・ヴィンチ、河鍋暁斎、南方熊楠、スティーブ・ジョブズといった時代の先駆者がいつの世にも孤高にして不遇であることと同様に、どんな人であっても想像力を豊かにするのは悲しみと孤独である一方、その想像力をすり減らす同調圧力が社会からなくなることはないと語り合います。

「とはいえ、やはり少しの気づきや努力で生きるのが楽しくなったり喜ばしくなったりするんだったら、その方法は考えないと」とヤマザキ氏は述べます。

 さらに「メンタル省エネか、またはダイナミックな躍動か。過去に人類がどのような試行錯誤をくり返してきたのかは、冷静に振り返ればすべて過去に書いてある」とヤマザキ氏が示すと、ニコル氏も「常に歴史の種火は点いている。〈中略〉その種火が人類史に大きな物語を作っていく」と応えます。

オマージュと偏愛から考察する普遍

 (3)の「美術館のパルミラ」は、ルーヴル美術館特別展「ルーヴルNo.9~漫画、9番目の芸術~」発表作品で、漫画ですがせりふ(吹き出し)のない絵だけで表現されたノンバーバルな短編です。ルーヴル美術館が収蔵するパルミラ遺跡の美術品をテーマに、イスラム国(IS)によって惨殺された「ミスター・パルミラ」と呼ばれたパルミラ出身の考古学者ハレド・アサドへのオマージュ作品です。

 さらに、(4)の「人類を救う(かもしれない)ヤマザキマリの七つのヒント」は、ヤマザキ氏の代表作である『テルマエ・ロマエ』の最大のモチーフでもある「風呂」や、一箇所にとどまることなく世界規模で移動するヤマザキ氏の「ノマド体質」だけではありません。ニコル氏との対談でも発揮された「鳥瞰」的知性に宿るユーモアセンスの重要性、「虫」のように意思の疎通ができないものへの共生の眼差しや「壁」のような不条理から見えてくるもの、さらには心の師匠としての「水木しげる」への思慕や「カラスの利他行動」へのシンパシーなど、ヤマザキ氏の偏愛する七項目から、普遍的な人類の幸福を考えることのできるエッセイです。

「人類の歴史を俯瞰で見ると、何千年経とうと、人類はそれほど変化を遂げていない」

 いまやワールドワイドに活躍するヤマザキ氏ですが、「未だかつて自分が望む土地に暮らしたことがない」として、「イタリアを含め、世界中の行く先々でいろんな壁にぶち当たって不条理の洗礼を受けてきた」といいます。

 そして、「しかし、自分の思い通りに運ばない人生の展開を経験するのは大切なことだと思っている。あなたが今、人生先が見えないとぼやいているなら、下手な希望的観測など立てずになるようにしかならんと腹を決めて、例えば『サピエンス全史』でも読んでほしい。人類の歴史を俯瞰で見ると、何千年経とうと、人類はそれほど変化を遂げていないことがわかってくる」と述べています。

 ヤマザキ氏の提言(ヒント)からは、いつの時代であっても人類にとって現実は不条理でままならないからこそ、何千年と続く人類の歴史を軽やかに受容し参照し続けることの必要性が見えてきます。

 本書は、安易にコスパやタイパで知識やスキルを計算するのではなく、困難なときほど人類三千年の知性に俯瞰しながらコミットすること、人類の歴史で普遍的なユーモアの精神を見失わないこと、そして価値観やバックボーンを共有できない人も含め多様な人と対話することの重要性を、楽しくじんわりと実感することのできる、大いなる学びの一冊なのです。

<参考文献>
『人類三千年の幸福論 ニコル・クーリッジ・ルマニエールとの対話』(ヤマザキマリ著、集英社)
https://www.shueisha.co.jp/books/items/contents.html?isbn=978-4-08-771819-5

<参考サイト>
ヤマザキマリ氏のOfficial Site
https://yamazakimari.com/
ヤマザキマリ氏の公式ツイッター
https://twitter.com/THERMARI1
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
より深い大人の教養が身に付く 『テンミニッツTV』 をオススメします。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

分断進む世界でつなげていく力――ジェトロ「3つの役割」

分断進む世界でつなげていく力――ジェトロ「3つの役割」

グローバル環境の変化と日本の課題(5)ジェトロが取り組む企業支援

グローバル経済の中で日本企業がプレゼンスを高めていくための支援を、ジェトロ(日本貿易振興機構)は積極的に行っている。「攻めの経営」の機運が出始めた今、その好循環を促進していくための取り組みの数々を紹介する。(全6...
収録日:2025/01/17
追加日:2025/04/01
石黒憲彦
独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)理事長
2

最悪10メートル以上海面上昇…将来に禍根残す温暖化の影響

最悪10メートル以上海面上昇…将来に禍根残す温暖化の影響

水から考える「持続可能」な未来(1)気候変動の現在地

今や世界共通の喫緊の課題となっている地球温暖化。さらに、日本国内の上下水道など、インフラの問題も、これから大きな問題になっていく。地球環境からインフラまで、「持続可能」な未来をどうつくっていくのかについて、「水...
収録日:2024/09/14
追加日:2025/03/06
沖大幹
東京大学大学院工学系研究科 教授
3

なぜやる気が出ないのか…『それから』の主人公の謎に迫る

なぜやる気が出ないのか…『それから』の主人公の謎に迫る

いま夏目漱石の前期三部作を読む(5)『それから』の謎と偶然の明治維新

前期三部作の2作目『それから』は、裕福な家に生まれ東大を卒業しながらも無気力に生きる主人公の長井代助を描いたものである。代助は友人の妻である三千代への思いを語るが、それが明かされるのは物語の終盤である。そこが『そ...
収録日:2024/12/02
追加日:2025/03/30
與那覇潤
評論家
4

イーロン・マスクは何がすごい?生い立ちと経歴

イーロン・マスクは何がすごい?生い立ちと経歴

イーロン・マスクの成功哲学(1)マスクが「世界一」になるまで

2022年、フォーブス誌が発表した世界長者番付の一位となったイーロン・マスク。テスラの電気自動車やスペースXのロケット開発などを通じ、革新的なイノベーションを実現してきたことで知られるマスクは、いかにして現在のような...
収録日:2022/06/22
追加日:2022/08/23
桑原晃弥
経済・経営ジャーナリスト
5

このように投資にお金を回せば、社会課題も解決できる

このように投資にお金を回せば、社会課題も解決できる

お金の回し方…日本の死蔵マネー活用法(6)日本の課題解決にお金を回す

国内でいかにお金を生み、循環させるべきか。既存の大量資金を社会課題解決に向けて循環させるための方策はあるのか。日本の財政・金融政策を振り返りつつ、産業育成や教育投資、助け合う金融の再構築を通した、バランスの取れ...
収録日:2024/12/04
追加日:2025/03/29
養田功一郎
元三井住友DSアセットマネジメント執行役員