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DATE/ 2023.09.08

フランスW杯を知的に楽しむための『ラグビー質的観戦入門』

 日本が史上初めてアジアの国として開催した2019年のラグビーワールドカップは、大変多くの感動を届けてくれた大会でした。日本中が盛り上がったあのとき、ホームグラウンドでの戦いの中で、日本は世界ランキング上位に位置する強豪アイルランドを破り、決勝トーナメントに進出。この歴史的快挙が国民的なラグビーブームの火付け役となったことも、記憶に新しいところでしょう。

 そして、2023年9月8日、舞台はフランスへと移り、ラグビーワールドカップフランス大会が開幕。4年に1度のこの祭典に、再び全20チームが集結。1次リーグでは5チームずつのグループが総当たりの戦いを繰り広げ、各グループの上位2チームが決勝トーナメントへと進みます。今大会では一体どのようなドラマが生まれるのでしょうか。

元日本代表キャプテンが教えるラグビーW杯フランス大会の楽しみ方

 今大会を十二分に楽しむためのガイドブックが、今回ご紹介する『ラグビー質的観戦入門』(廣瀬俊朗著、角川新書)です。いくつかの基本的なルールさえわかっていればラグビーの試合を楽しめますが、本書はさらに一歩進んだ「質の高い観戦」をするための視点を与えてくれます。ゲーム内の各プレーがもつ意味や、選手たちが試合中にどんな判断を下しているのかなどが、プロの目線からわかりやすく解説されています。

 また、「あの選手はなぜそのプレーをしたのか」ということから、ポジションごとにどんな役割があるのか、といったことまで、初心者が気になる素朴な疑問も本書を読めばわかるようになります。加えて、2023年ワールドカップフランス大会に特化した記述も類書にない魅力です。元日本代表キャプテンが分析する今大会の見どころや日本チームの強みを知ることで、試合を一層面白く観戦できるようになります。

 著者の廣瀬俊朗氏は、1981年生まれで大阪府吹田市の出身。5歳の頃からラグビーを始め、北野高校、慶應義塾大学と続くキャリアの中で才能を発揮してきました。その実力は学生時代から注目を集め、高校日本代表を経て、2004年、名門・東芝に入社後、2007年より日本代表としてプレー。そして2012年から2013年の間は日本代表のキャプテンとしてチームをけん引しました。2015年、イングランドで開催されたワールドカップでは、日本代表史上初となる同一大会3勝の歴史的勝利に貢献しています。

 廣瀬氏はラグビー選手として活躍してきた経験を生かして、これまで複数の著作を執筆してきました。キャプテンの経験から、チーム内でのコミュニケーションや人間関係について解説した『相談される力 誰もに居場所をつくる55の考え』(光文社)や、リーダーシップについて論じた『なんのために勝つのか。ラグビー日本代表を結束させたリーダーシップ論』(東洋館出版社)などがあります。さらに、2019年ラグビーワールドカップの際には大会のガイドブックとして『ラグビー知的観戦のすすめ』(角川新書)が出版されています。今回ご紹介する『ラグビー質的観戦入門』はその続編ともいえるでしょう。

試合は6分割して見る!試合中の注目ポイント解説

 第1章では、試合中の各プレーが持つ意味について、具体例と図解を交えて解説されています。例を挙げれば、「試合を6分割して観ると、ゲームの流れが読める」と廣瀬氏は指摘しています。

 ラグビーの試合は、前半と後半、それぞれ40分ずつの合計80分間で行われます。単に80分間を流し見するのではなく、試合を6分割して観ることで、試合の流れをより深く読み解くことができるといいます。

 前半最初の10分は、その日の両チームのコンディションや戦略がつかめる時間帯です。選手たちがどれほど情熱を持って試合に臨んでいるのか、また、相手チームへどのような対策を練ってきたのかを探るタイミングです。

 次の20分では、戦術の実践や変更が注目されます。例えば、一方のチームがキックを極力使わずボールを保持する戦略をとった場合、それを継続するのか、それとも効果が乏しいと判断してキックを多用する戦術に変更するのかなどが焦点となります。

 前半の終わりの10分では、それまでの流れが維持されるのか、または劣勢のチームがビッグプレー、例えば長い距離を一気に駆け抜けるようなトライなどで流れを変えるのかが見どころとなります。

 後半初めの10分は、前半の展開に基づいて戦略が続行されるのか、それとも変更されるのかが鍵となります。その戦略の変化に注目することで、その後の試合の展開を予測し、より楽しんで観戦することができます。

 後半中盤の20分は、選手交代が多く行われる時間帯です。新しい選手がどんな影響をもたらすのか、また、劣勢のチームが逆転の糸口を見つけるために何を仕掛けてくるのかが焦点になります。

 後半最後の10分は、チーム全体の精神力や経験が問われる時間帯となります。80分間の疲労や得点差が選手たちにどう影響するのか、そしてチームとして最終的な勝利への道筋を描けるのかどうか、それらが注目のポイントとなります。

 このような試合観戦のポイントが、豊富な具体例とともに解説されています。他にも、第1章ではウォーミングアップやキックオフの注目点、新たなルール「ゴールラインドロップアウト」について、ハーフタイムのロッカーでは何が話されているのか、といったゲームの流れに関する内容が説明されています。

 第2章ではポジションごとの役割について、第3章以降はラグビーの基礎的な部分からさらに掘り下げた「ステップアップ観戦術」や、今回のフランス大会での見どころ、参加チームの戦略や特徴について解説されています。中でも、第5章「廣瀬俊朗の私的フランスW杯ガイド」では、注目カードや詳しい日程についてまとめられているだけでなく、実際に試合が行われるフランス各都市の特色などについても触れられており、こちらも非常に興味深く見逃せません。最後の第6章では、日本がベスト8に残るための鍵は何かについて分析されており、読み応えがあります。

こんな人におすすめ!ラグビーを楽しみたい人たちへ

 本書は、より詳しい戦術や観戦のコツについて知りたいラグビーファンにおすすめの一冊です。実際の試合の流れやプレーの意味を知ることで、試合観戦の楽しみが一層増すことでしょう。すでにラグビーの魅力をご存じのファンにとっても、さらに高度な観戦テクニックを習得するのに役立ちます。

 また、元日本代表キャプテンとしての視点が豊富な本書は、リーダーシップやチームワークに関心をもつビジネスマンにとっても有益な記述が多いのです。その意味でも幅広い層におすすめできる一冊です。

 その上でお伝えしたいのは、特にラグビー初心者に対してですが、本書を読む前に、基本的なルールを説明するサイトや動画などで予備知識を得ておくとよいでしょう。そうすれば、本書を読むことで、より「質の高い」観戦、その楽しみ方を提供してくれます。あるいは、もしラグビーの基本的な知識を学びたいと感じたなら、前著『ラグビー知的観戦のすすめ』を併せて読むのもよいでしょう。「なぜパスをするのか」や「なぜキックを選ぶのか」といった基本的な疑問についてもわかりやすく解説されているからです。

ただの「観戦者」から知的な「質的観戦者」へ

 最後にこれは余談ですが、それほどラグビーに詳しくない、あるスタッフの話を紹介します。そのスタッフによれば、「ラグビーについてもっている認識といえば、ボールを前に投げてはいけない、首から上にタックルしてはいけないという基本ルールだけで、イメージとして思え浮かべるのは昔の『スクール・ウォーズ』くらいだった」。それでも、2019年のラグビーワールドカップでは、周囲の盛り上がりから気になって、テレビでの観戦を楽しみ、日本チームが歴史的な勝利を挙げ、決勝トーナメント進出を果たした際の感動は、今でも鮮明に覚えているということです。

 ただ、当時は試合観戦中、単にボールの行方を目で追っているだけのただの「観戦者」だったそうです。それが今回、本書を読むことで、ただの「観戦者」から、より深く知的にラグビーを楽しむ「質的観戦者」へステップアップすることになるのです。

 百聞は一見に如かず。楕円形が作り出す感動の瞬間を見逃さないためにも、この機会に本書へ“入門”してみてはいかがでしょう。

<参考文献>
『ラグビー質的観戦入門』(廣瀬俊朗著、2023年、角川新書)
https://www.kadokawa.co.jp/product/322207000621/

<参考サイト>
廣瀬俊朗氏の会社(株式会社HiRAKU)
https://hiraku-japan.com/
廣瀬俊朗氏のツイッター(X〈旧Twitter〉)
https://twitter.com/toshiaki1017

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