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DATE/ 2024.01.29

『晴れ、そしてミサイル』で考える「戦争という日常」と平和

 残念なことですが、いまだに世界から戦争はなくなっていません。世界各地で紛争は続いています。ウクライナでは、市街地が砲火にさらされ、一般市民の日常が破壊され続けています。また、中東パレスチナでは、イスラエルによるガザ軍事侵攻が長期化しており、それに対する報復攻撃が周辺国で拡大しています。

 戦争は、日本に住む多くの人にとって遠い異国で行われている現実感のない出来事だと感じられるかもしれませんが、この世界で実際に起こっているまぎれもない事実なのです。そのことを最も実感するのは、戦地の写真や映像を目にしたときでしょう。戦場カメラマンのレンズを通して捉えられた一瞬一瞬が、遠く離れた場所で安全に暮らす私たちに、目を背けてはならない真実を突きつけてくるのです。

 今回ご紹介する本は、『晴れ、そしてミサイル』(渡部陽一著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)です。戦場カメラマンとして世界中を渡り歩いてきた著者が、その経験を元にして、戦争の本当の姿や平和のためにできることについて綴ったノンフィクション作品です。

「こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。」

 著者の渡部陽一氏は、1972年生まれの戦場カメラマンです。学生時代から世界の紛争地域で取材活動を続けており、これまでの主な取材地はイラク戦争、ルワンダ内戦、チェチェン紛争、アフガニスタン紛争、パレスチナ紛争など、100の国と地域を超えています。

 渡部氏は、戦場について伝えるためにニュースや報道番組だけでなく、バラエティ番組にも数多く出演してきました。長身痩躯で、いつもグレーのベレー帽をかぶっている、髭を生やした男性。そして、低い声でゆっくりと話す特徴的な話し方。渡部氏のことをテレビで見たことがあるという人も多いのではないでしょうか。

 また、渡部氏はSNSでの発信にも積極的です。Twitter(現X)では、「こんにちは戦場カメラマンの渡部陽一です。」というあいさつで始まるツイートがほぼ毎日投稿されています。他にも、Instagram、TikTok、ブログ、Voicyなど、多様なSNSを駆使して、戦場の「今」を発信し続けています。このようなSNSでの積極的な発信やテレビ出演の背景には、国際情勢への関心が高くない人たちにも、戦争や戦地で起こっている現実を届けたいという渡部氏の強い思いがあるのです。

 本書には、写真と映像とともに、戦争と平和に関する渡部氏のメッセージがわかりやすい言葉で綴られています。第1章では、ウクライナでの取材を通じて見えてくる「戦争の実際の姿」について。第2章では、「なぜ戦争が起きるのか」について。第3章から第5章では、「平和とは何か」、「平和のために私たちにできることはなにか」について。そして、第6章では、日本の現在地点について、取り上げられています。

 本書の特色の一つは、渡部氏が実際の戦地で撮影した動画を視聴できる点です。本文の中にQRコードが埋め込まれており、それをスマホで読み込むと、ウクライナやアフガニスタンで撮影された2~3分の動画を見ることができます。これは、出版社の書籍紹介ページからも視聴可能です。文字や写真だけでなく、音と映像によっても戦地の現実が伝わってきます。

「戦争」と「ふつうの日常」が共存する戦地の日々

 渡部氏は、「戦争は日常の中にある」ということを繰り返し語っています。どういう意味かというと、たとえば、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から半年ほどたったころ、ウクライナの東部では激戦が続いていましたが、首都キーウではショッピングモールの多くの店が営業を再開していたそうです。公園にはランニングをしている人がいて、レストランでは家族が食事をともにしている。戦地として伝えられているウクライナにも、日本にいる私たちと変わらない日常が当たり前のようにあるということ。これも、戦況や戦争の行方ばかり報道するメディアには映らない一面です。

 また、渡部氏は戦争やテロが起こる根本的な原因として、「貧困」を挙げています。食べるものが乏しく、家族や子どもたちの命が危機にさらされていく。そうして追い詰められた人たちが、武器を取り、テロ行為や戦争へとつながっていく。貧困という「選ぶことのできない不自由」こそが問題なのだといいます。

 興味深いことに、このような意味においては、日本の中にも「戦争という日常」が存在すると渡部氏は指摘しています。日常の中にも「生きるために奪うか、奪われるか」という人間の本能が姿を現すことがある。いじめの問題、ハラスメントの問題、小さないさかいから地域を巻き込んだ大きなトラブルに発展することも。これまでは見られたようなコミュニティによる支え合いの力が弱体化した今日、人々は孤立しやすくなっている。そして、それが新たな貧困、悲しい事件につながっていく……。戦地を渡り歩いてきた渡部氏の「戦争という日常はどこにでもある」という言葉には、ハッとさせられます。

平和のために世界を知る、世界とつながる

 ではどうすればいいのか。日本にいながらでも、平和のためにできることはある。ひとつは、「世界を知ること」。もう一つは、「世界とつながること」。そう渡部氏は語っています。

 第4章では、「世界を知る」ために、SNSなどを通じた具体的な情報収集の方法について書かれています。この章は、戦場カメラマンという仕事の経験から得られた情報収集のコツがいくつも紹介されており、とても参考になります。たとえば、「フェイクニュース」の見抜き方についてです。ウクライナ戦争では、AIによる「ディープフェイク」という技術を使って、偽の動画が拡散されました。こういったものを見抜く方法として、「面白い映像に注意する」「劇的な瞬間がすべて映る映像は不自然」など、具体的に教えてくれます。

 第5章では、「世界とつながる」ためのSNS活用法について解説されています。戦場カメラマンとして日々情報発信する渡部氏が、普段から気をつけていることについて書かれており、とても参考になることが多く、たとえば、「事実を伝えたいときは『形容詞』を避ける」ということ。「恐ろしい」「むごい」といった主観的な表現は使わず、「カチッ、カチッと状況が捉えられるような端的な伝え方」を心がけるべきだといいます。今度、SNSに書き込む前に確認してみるといいかもしれません。

家族を愛することが平和への第一歩

 渡部氏は、家族を愛することが平和への第一歩だと最後に訴えています。イラク戦争を取材したときに、戦争という日常を家族で支え合いながら生きるイラクの人たちを目の当たりにして心を打たれたことが、そう考えるようになったきっかけでした。

 渡部氏によれば、戦時下では結婚や出産をする若者が増えるのだそうです。「危機の中では一人でいるのではなく、家族をつくり、守り、万が一のときにも支え合っていこうと思うのが人間の本能なのかもしれません」ということです。

 3人の子どもたちの父である渡部氏は、「戦場報道で一番大切なのは生きて帰ること」を信条にしているのだそうです。平和であっても、あるいは戦争中でも、家族が寄り添い、ともに暮らす姿は世界共通の光景です。家族でいる時間が何よりの幸せになるということを、戦場で生きる人たちから渡部氏は学びました。平和について考えるということは、決して特別なことではなく、日常的にいつでもできる身近なことなのです。本書から届いたこの貴重なメッセージを、大事にしていきたいですね。

<参考文献>
『晴れ、そしてミサイル』(渡部陽一著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)
https://d21.co.jp/book/detail/978-4-7993-2980-1

<参考サイト>
渡部陽一氏のホームページ
https://yoichi-watanabe.com/index.html

渡部陽一氏のツイッター(現X)
https://twitter.com/yoichiomar

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