テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2024.04.04

『ネガティブクリエイティブ』に学ぶ「おもしろい」仕事術

 ネガティブ思考は一般的にあまりいい意味で捉えられないかもしれません。しかし、本当にダメなことでしょうか。メリットをあげるとすれば、たとえばネガティブな人は安易な結論に飛びつきません。また、日々失敗を想定して動くので、多少の失敗にも耐えられるかもしれません。もしかしたらネガティブ思考は、人が生き残るために必要な能力なのではないでしょうか。

 ということで、今回紹介する一冊は『ネガティブクリエイティブ つまらない人間こそおもしろいを生みだせる』(藤井亮著、扶桑社)です。

 著者の藤井亮さんは、1979年生まれで愛知県出身、武蔵野美術大学・視覚デザイン科卒です。はじめに所属した電通関西では「アートディレクター」として活躍。その後、フリーランスを経て、「豪勢スタジオ(GOSAY studios)」を設立。「TAROMAN(タローマン)」「ミッツ・カール君」「石田三成CM」「造船番長CM」などなど「くだらなさ」を徹底した遊び心のあるコンテンツを多く生み出すと同時に、さまざまな賞を受賞しています。

 ネガティブ人間がネガティブを武器にする方法を学べるのが本書です。また、藤井さんが現場で積み重ねた経験をもとに考えた、さまざまな仕事術や発想の方法、物事の捉え方や人間関係術なども収められていますので、あらゆる仕事、人間関係に通じる内容といえるでしょう。

なぜ「つまらない人」のほうが「おもしろい」を生みだせるのか

 藤井さんは淡々とした口調でボソボソと喋ります。制作されたものはコミカルなコンテンツが多いので、会った人には「機嫌悪い?」と無用な心配をさせてしまうそうです。また、たとえば狂気じみたアニメーションを作る人でも、倫理観が吹き飛んだようなギャグ漫画を描く人であっても、実際に会うと紳士的な人ばかりとのことです。

 この理由について、藤井さんは「おもしろさとは、世間の『常識』や『普通』からいかにジャンプするか、その距離が適切に測れないとつくれないものだからだ」と言います。普通の感覚を持っている人、つまり「つまらない人」のほうが「おもしろい」を客観的に見られるということです。もちろん「天才肌」の人もいますが、「浮き沈みのコントロールは難しいと思う」と藤井さんは言います。

まあまあの武器をかけ合わせることで個性になる

 また、「70点くらいのまあまあできるくらいの武器をいくつか持っておくことをおすすめします」とも言います。それらをかけ合わせることで独自の作風になるとのこと。たとえば藤井さんは、自身でイラストを描いたり、アニメーションを作ったりすることもできます。本人曰く、これは「まあまあ」のものでプロフェッショナルの仕事ではないとのこと。

 ただ、これが限られた予算でつくる『造船番長』のようなCMでは役に立ったそうです。このCMは昭和テイストのイラストと、ごく簡単なアニメーションで作られた、チープさが味のCMで、藤井さんの言葉を借りれば、「一つの突出したスキルや才能がなくても、できることをかけ合わせることでそれが個性となり、他の人にはできない仕事ができるようになる」事例です。現場では、「予算」が限られています。このとき、自分が持ち合わせているまあまあの力は意外と役にたつ可能性があります。

ネガティブ人間とポジティブ人間のバランスも大事

 ネガティブ絶賛の本書ですが、現場では「アクセルを踏む人(ポジティブな人)、ブレーキをかける人(ネガティブな人)の両方がいなければレースはできません」とも言います。実際にポジティブだらけの現場では、立ち止まって考えることができなくなったそうです。一方でネガティブだらけの現場であれば、リスクを精査しすぎて現場が回らなくなることも想像に難くありません。

 本書の冒頭では「ビジネス書のコーナーでは、『ポジティブのつくりかた』やら『ポジティブな働き方』といった感じの本が並ぶなど、ポジティブ思考の大安売りが行われている」といいます。しかし、藤井さんはネガティブ思考は武器だと言い切ります。大事なポイントは、「ネガティブだからポジティブにならなければ」と考えるのではなく、「自身のネガティブといかにうまく付き合っていくか」ということです。

力が抜けて元気になる本

 自身のことを「ネガティブ」と言う藤井さんですが、実際には「自分の置かれた状況や自分の性質をどう活かして、何に力を注ぐか」ということを絶えず考えながら実践してきた人です。これができるのは、ある程度タフで内側に情熱を秘めているからと言えそうですが、藤井さんが表現された「変なもの」はなんとも力が抜けていて楽しいのです。

 本書からは、藤井さんが表現したものの背景にある「仕事術」「物事の捉え方や考え方」といった点で新たな視点が得られます。同時に表現の現場における「苦しみと喜び」「熱量」まで伝わってきます。ここで示されていることは、必ずしも表現の現場に限られたことではなく、あらゆる仕事の場面に置き換えて考えることができそうです。

 ありがたいことに、大事な部分にはあらかじめマーカーが引かれている点も本書の特徴です。そこだけを追って読んでも考えのヒントになります。ぜひ手に取って開いてみてください。少しずつ無駄な力が抜けて、だんだんと元気になり、そして「おもしろい」の芽が出てくるはずです。

<参考文献>
『ネガティブクリエイティブ つまらない人間こそおもしろいを生みだせる』(藤井亮著、扶桑社)
https://www.fusosha.co.jp/books/detail/9784594096939

<参考サイト>
藤井亮氏のウェブサイト
https://gosay.studio/

藤井亮氏のX(旧Twitter)
https://twitter.com/ryofujii2000
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

世界で最もクリエイティブな国は? STEAM教育が広がる理由

世界で最もクリエイティブな国は? STEAM教育が広がる理由

数学と音楽の不思議な関係(4)STEAM教育でつくる喜びを全ての人に

世界では「創造性がどれくらい大事か」という問題意識が今、急激に高まっている。創造性とは全ての人にあり、偏差値などでは絶対に計れない、まさに無限軸の創造性のこと。そうした創造性を育む学びが「STEAM教育」である。最終...
収録日:2025/04/16
追加日:2025/09/18
中島さち子
ジャズピアニスト 数学研究者 STEAM 教育者 メディアアーティスト
2

なぜ日本の所得水準は低いのに預金残高は大きいのか

なぜ日本の所得水準は低いのに預金残高は大きいのか

続・日本人の「所得の謎」徹底分析(2)政府債務と預金残高の背景

国際的に見て、政府の債務残高が大きい日本。その背景には、バブル崩壊後の財政赤字を取り戻せていないことがあった。その一方で、預金残高も高い日本。所得が低いのに預金が多い日本の謎を解説する。(全4話中第2話)
※...
収録日:2025/07/10
追加日:2025/09/17
養田功一郎
元三井住友DSアセットマネジメント執行役員 YODA LAB代表 金融・経済・歴史研究者
3

米長邦雄のアンラーニング、弟子の弟子になってV字成長

米長邦雄のアンラーニング、弟子の弟子になってV字成長

経験学習を促すリーダーシップ(2)経験から学ぶ力

人が成長していくために重要な経験学習。その学習サイクルを適切に回していくためには、「経験から学ぶ力」が必要になる。ではそこにはどのような要素があるのか。ストレッチ、リフレクション、エンジョイメントという3要素と、...
収録日:2025/06/27
追加日:2025/09/17
松尾睦
青山学院大学 経営学部経営学科 教授
4

各々の地でそれぞれ勝手に…森林率が高い島国・日本の特徴

各々の地でそれぞれ勝手に…森林率が高い島国・日本の特徴

「集権と分権」から考える日本の核心(5)島国という地理的条件と高い森林率

日本の政治史を見る上で地理的条件は外せない。「島国」という、外圧から離れて安心をもたらす環境と、「山がち」という大きな権力が生まれにくく拡張しにくい風土である。特に日本の国土は韓国やバルカン半島よりも高い割合の...
収録日:2025/06/14
追加日:2025/09/15
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授 音楽評論家
5

外交とは何か…いかに軍事・内政と連動し国益を最大化するか

外交とは何か…いかに軍事・内政と連動し国益を最大化するか

外交とは何か~不戦不敗の要諦を問う(1)著書『外交とは何か』に込めた思い

外交とは国益を最大化しなければいけないのだが……。35年にもわたる外交官経験を持つ小原氏が8年がかりで書き上げた著書『外交とは何か 不戦不敗の要諦』(中公新書)。小原氏曰く、外交とは「つかみどころのないほど裾野が広い...
収録日:2025/04/15
追加日:2025/09/05
小原雅博
東京大学名誉教授