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『日本の政策はなぜ機能しないのか?』で学ぶEBPMの意義と今後
「日本の政策って、なんだかうまくいっていない気がする……」と感じることはありませんか。社会問題が解決されないまま放置されたり、新しい政策が導入されても実感が湧かなかったり。そんな疑問や不安を抱えながら、日々のニュースを見ている人も少なくないでしょう。私たちの生活を支える大事なものだからこそ、もっと効果を実感できるような政策を期待したいものです。
そうしたなか、近年、政策立案の方法に重要な変化が生じています。「エピソード・ベースからエビデンス・ベースへ」という標語のもと、統計データや合理的根拠に基づいた政策がより一層求められるようになってきました。「エビデンスに基づく政策形成(EBPM:Evidence-Based Policy Making)」と呼ばれるこの考え方を理解することで、日本の政策が抱える課題とその解決の糸口が見えてきます。今回紹介する本『日本の政策はなぜ機能しないのか? EBPM(エビデンスに基づく政策)の導入と課題』(杉谷和哉著、光文社新書)は、このテーマについて詳しく掘り下げた一冊です。
本書のテーマは、「政策の合理化」に深く関わっています。「政策の合理化」とは、効果が証明された政策を策定し、それを実施することで、逆に効果がないと判明した政策を終了させることです。そのためには、政策がどのような効果をもたらしたのかを客観的に評価する必要があります。これまで日本では「政策評価」を通じて政策の改善が試みられ、一定の成果が見られましたが、現在では限界や問題点が浮き彫りになってきました。こうした現状を打開する方法として、EBPM(エビデンスに基づく政策形成)が注目を集めているのです。
EBPMにおけるエビデンスとは、単なる事実やデータではなく、政策が特定の目標を達成するための因果関係を示すものです。この因果関係を正確に把握するために、「ランダム化比較試験(RCT)」と呼ばれる手法が用いられます。これは、対象となる集団をランダムに分け、異なる政策の効果を比較することで、因果関係を推定するものです。
RCTを用いた政策検証の実例として、1999年にオーストラリアのニューサウスウェールズ州で行われたドラッグコートの事例が紹介されています。ドラッグコートとは、薬物依存の犯罪者に対して、薬物依存を克服するためのプログラムを受講させる取り組みのことです。この効果を検証するため、プログラムを受けたグループと受けなかったグループを比較したところ、従来の刑事処分を受けた犯罪者のうちドラッグコートを受けなかったグループの再犯者が62人だったのに対し、ドラッグコートを受けたグループの再犯者はわずか8人にとどまりました。このように、RCTによる検証は極めて有用で、政策分野への応用も期待されています。
日本の政策評価の先駆的な取り組みとして、1995年に三重県で導入された「事務事業評価」が紹介されています。これは、日本における政策評価の重要な転機となり、のちの「行政機関が行う政策の評価に関する法律」の制定へとつながりました。この法律により、国民に対する説明責任(アカウンタビリティ)が一層求められるようになりました。
このように政策評価の歴史を概観しながら、杉谷氏は日本の政策評価が抱える問題点を指摘しています。日本では政策評価が導入される際、予算削減が主な目的とされ、「効率性」が過度に重視されているといいます。効率性の追求は重要ですが、それが行き過ぎると現場の疲弊を招くことになります。こうした問題は、EBPMの導入においても重要な教訓となりました。
日本でEBPMを推進するための主要な取り組みとして、「EBPM三本の矢」が紹介されています。第一の矢は「経済・財政再生計画における重要業績評価指標(KPI)の整備」で、政策の成果を数値化して客観的に評価する仕組みです。第二の矢は「政策評価」で、政策の効果をEBPM的な観点から評価し、評価の質を向上させようとする試みです。そして第三の矢が「行政事業レビュー」で、行政が行う事業を定期的に評価し、不要なものを見直したり、効果の高い事業を強化したりするための取り組みです。
本書では、これらの取り組みの具体的な内容と、それに伴う課題についても論じられています。特に、EBPMが本来目指すべき「有効性」に注目することが、現場で十分に実現されているかが重要な問題として指摘されています。杉谷氏は、EBPMが「効率性」だけに偏ることなく、本来の目的である「有効性」にこそ重点が置かれるべきだと強調しています。
他にも、EBPMにおける「エビデンス」概念の掘り下げや、「政策の合理化」がなぜ難しいのかといった興味深い内容が本書では展開されています。
現在、データ収集やデータ利用のコストが劇的に低下しており、政策の効果をより高い精度で検証できる時代が到来しつつあります。こうした背景から、EBPMという概念が公共政策の質を向上させる重要な鍵となることは間違いありません。その鍵について、本書を鍵穴として学んでみてはいかがでしょうか。
そうしたなか、近年、政策立案の方法に重要な変化が生じています。「エピソード・ベースからエビデンス・ベースへ」という標語のもと、統計データや合理的根拠に基づいた政策がより一層求められるようになってきました。「エビデンスに基づく政策形成(EBPM:Evidence-Based Policy Making)」と呼ばれるこの考え方を理解することで、日本の政策が抱える課題とその解決の糸口が見えてきます。今回紹介する本『日本の政策はなぜ機能しないのか? EBPM(エビデンスに基づく政策)の導入と課題』(杉谷和哉著、光文社新書)は、このテーマについて詳しく掘り下げた一冊です。
新進気鋭の公共政策学者が日本の政策形成の問題点を分析
著者の杉谷和哉氏は、1990年大阪府生まれの公共政策学者です。京都大学大学院人間・環境学研究科で博士号を取得し、現在は岩手県立大学総合政策学部の講師を務めています。研究テーマはまさに本書で扱われているEBPMであり、この分野の専門家です。著書には『政策にエビデンスは必要なのか:EBPMと政治のあいだ』(ミネルヴァ書房)、『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる:答えを急がず立ち止まる力』(共著、さくら舎)などがあります。本書のテーマは、「政策の合理化」に深く関わっています。「政策の合理化」とは、効果が証明された政策を策定し、それを実施することで、逆に効果がないと判明した政策を終了させることです。そのためには、政策がどのような効果をもたらしたのかを客観的に評価する必要があります。これまで日本では「政策評価」を通じて政策の改善が試みられ、一定の成果が見られましたが、現在では限界や問題点が浮き彫りになってきました。こうした現状を打開する方法として、EBPM(エビデンスに基づく政策形成)が注目を集めているのです。
EBPMとは何か――起源と概要
EBPMとは、政策形成のプロセスで合理的な根拠、すなわちエビデンスを重視する手法のことです。この言葉が広く使われるようになったのは、1990年代後半のイギリス、トニー・ブレア政権の頃からです。ブレア政権は「政府の近代化」を掲げ、その一環として、政策決定においてエビデンスを活用することを重視しました。ブレア政権以降、EBPMはイギリスだけでなく、世界中で政策形成の手法として注目されるようになったのです。EBPMにおけるエビデンスとは、単なる事実やデータではなく、政策が特定の目標を達成するための因果関係を示すものです。この因果関係を正確に把握するために、「ランダム化比較試験(RCT)」と呼ばれる手法が用いられます。これは、対象となる集団をランダムに分け、異なる政策の効果を比較することで、因果関係を推定するものです。
RCTを用いた政策検証の実例として、1999年にオーストラリアのニューサウスウェールズ州で行われたドラッグコートの事例が紹介されています。ドラッグコートとは、薬物依存の犯罪者に対して、薬物依存を克服するためのプログラムを受講させる取り組みのことです。この効果を検証するため、プログラムを受けたグループと受けなかったグループを比較したところ、従来の刑事処分を受けた犯罪者のうちドラッグコートを受けなかったグループの再犯者が62人だったのに対し、ドラッグコートを受けたグループの再犯者はわずか8人にとどまりました。このように、RCTによる検証は極めて有用で、政策分野への応用も期待されています。
日本における政策評価の歴史を概観する
本書では、日本の政策評価の複雑な歴史が非常に明快に整理されています。杉谷氏は、日本における政策評価を、精緻な評価を行う「プログラム評価」型と、比較的簡便な手法を用いる「業績管理/業績測定」型という二つの大きな流れに分類し、特に後者が主流となっていった経緯をわかりやすく説明しています。日本の政策評価の先駆的な取り組みとして、1995年に三重県で導入された「事務事業評価」が紹介されています。これは、日本における政策評価の重要な転機となり、のちの「行政機関が行う政策の評価に関する法律」の制定へとつながりました。この法律により、国民に対する説明責任(アカウンタビリティ)が一層求められるようになりました。
このように政策評価の歴史を概観しながら、杉谷氏は日本の政策評価が抱える問題点を指摘しています。日本では政策評価が導入される際、予算削減が主な目的とされ、「効率性」が過度に重視されているといいます。効率性の追求は重要ですが、それが行き過ぎると現場の疲弊を招くことになります。こうした問題は、EBPMの導入においても重要な教訓となりました。
日本におけるEBPMの導入と課題
日本におけるEBPMは、先行するアメリカやイギリスの取り組みを参考にしつつ、独自の発展を遂げてきました。2009年の「新統計法」や2016年末に施行された「官民データ活用推進基本法」は、政策形成におけるデータ利活用の基盤を整えました。そして、2018年頃から本格的にEBPMが実行を開始したため、2018年が「EBPM元年」と呼ばれています。日本でEBPMを推進するための主要な取り組みとして、「EBPM三本の矢」が紹介されています。第一の矢は「経済・財政再生計画における重要業績評価指標(KPI)の整備」で、政策の成果を数値化して客観的に評価する仕組みです。第二の矢は「政策評価」で、政策の効果をEBPM的な観点から評価し、評価の質を向上させようとする試みです。そして第三の矢が「行政事業レビュー」で、行政が行う事業を定期的に評価し、不要なものを見直したり、効果の高い事業を強化したりするための取り組みです。
本書では、これらの取り組みの具体的な内容と、それに伴う課題についても論じられています。特に、EBPMが本来目指すべき「有効性」に注目することが、現場で十分に実現されているかが重要な問題として指摘されています。杉谷氏は、EBPMが「効率性」だけに偏ることなく、本来の目的である「有効性」にこそ重点が置かれるべきだと強調しています。
他にも、EBPMにおける「エビデンス」概念の掘り下げや、「政策の合理化」がなぜ難しいのかといった興味深い内容が本書では展開されています。
現在、データ収集やデータ利用のコストが劇的に低下しており、政策の効果をより高い精度で検証できる時代が到来しつつあります。こうした背景から、EBPMという概念が公共政策の質を向上させる重要な鍵となることは間違いありません。その鍵について、本書を鍵穴として学んでみてはいかがでしょうか。
<参考文献>
『日本の政策はなぜ機能しないのか? EBPM(エビデンスに基づく政策)の導入と課題』(杉谷和哉著、光文社新書)
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334103767
<参考サイト>
杉谷和哉氏のTwitter(現X)
https://x.com/Kazuya_Sugitani
『日本の政策はなぜ機能しないのか? EBPM(エビデンスに基づく政策)の導入と課題』(杉谷和哉著、光文社新書)
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334103767
<参考サイト>
杉谷和哉氏のTwitter(現X)
https://x.com/Kazuya_Sugitani
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