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DATE/ 2025.02.18

問いから学ぶ『自分のあたりまえを切り崩す文化人類学入門』

あなたのなかの無意識の“あたりまえ”を見つめ直す

 さて、突然ですが、これから皆さんに下記の質問をします。

【このなかで、あなたが「そう思う」のはどれですか?】

・家族には血のつながりが大切
・日本人なら無宗教である
・靴のまま家に入るのは汚い
・18歳になれば“一人前の大人”といえる
・非科学的なものは信じられない
・プレゼントには当然お返しをすべき
・“日本人”とは日本人から生まれた人のこと
・同じ学校・会社の人には仲間意識をもつもの

 これは『自分のあたりまえを切り崩す文化人類学入門』(箕曲在弘著、大和書店)に出てくる問いです。いずれも、わたしたちの日常、文化のなかで、決してめずらしい項目ではないでしょう。

 では、この問いからわかることは何でしょうか。心理テストのように、YESの数もNOの数も数える必要はありません。それぞれの項目に対する答えが、無意識のなかのあなたの“ものさし”を示しているのです。その“ものさし”は、あなたの“あたりまえ”や“常識”、無意識の行動パターンと言い換えることもできます。今回は、『自分のあたりまえを切り崩す文化人類学入門』を通して、わたしたちの“あたりまえ”を見つめ直してみましょう。

人類の共通性を見いだしていく文化人類学

 著者である箕曲氏は、早稲田大学文学学術院教授として文化人類学の研究を専門に行っています。ただ、「文化人類学」と聞いて、すぐにイメージが湧くという人は少ないかもしれません。文化人類学は今から約150年前に欧米で生まれた学問で、人類のさまざまな社会・文化のあり方を研究し、生活様式や思想、言語を比較することで、人類に共通する性質や法則を見いだしていくというもの。箕曲氏の言葉に直すと、文化人類学の探求において重要なのは次の3つだといいます。

1:人間の文化がどれほど多様なのか
2:多様性を踏まえたうえで見いだせる「人間としての共通性」についての探求
3:文化的な多様性がどのように変化していくのかの探求

 本書では、冒頭で挙げた問いの8つの項目を軸に、箕曲氏のフィールドワークの経験や、これまでに文化人類学者たちが行って来た探求の成果を紹介していきます。つまり、本書は単なる文化人類学の入門書ではなく、文化人類学の役割そのものをより深く伝える貴重な書籍なのです。

濃厚で多様な切り口とテーマ

「集団と家族」「血の穢れ」「就活」「呪術と科学」「運」「民俗の境界」──本書ではじつにさまざまなテーマと実例が用意されています。家族に父親を含まないインド西部の家族形態、神聖なものと汚いものに見いだされる共通性、アフリカの狩猟民が行っている「負い目」を避けるための独得の風習など、それぞれのエピソードがかなり濃厚に紹介されています。また、冒頭の問いから該当する項目にリンクされているので、自分が気になる部分から読むということもできます。

 箕曲氏は、これらの文化や風習を知るなかで大切なことがあると語ります。それは自分の“ものさし”で問うのではなく、自分の“ものさし”を問うこと。文化人類学は他者への理解を深める学問でもあります。その際に、自らが身につけてきた文化を問い直すことは非常に重要です。それは“ものさし”を持っているそのことや、優劣、善悪、貧富といったわかりやすい二元論を基準にすることでもありません。

 そこで箕曲氏は、ときに安易な理解や比較は、逆に偏見をもたらすこともあると語ります。しかし、自分の“ものさし”のかたちを知り、世界を広げていくことは、思考の自由を得ることに他ならないのです。

自分の“あたりまえ”が切り崩される体験を大事に

 本書のタイトルは「自分のあたりまえを切り崩す」ですが、“疑う”ではなく、あえて“切り崩す”にしたということに対して、箕曲氏はこう語ります。

「私たちはあたりまえを疑おうと思えば、どのような対象でも疑うことができてしまいます。(中略)しかし、私が本書を通して伝えたいのは、あたりまえを疑おうということではありません。そうではなく、あたりまえが切り崩されてしまう体験を大事にしようということです」

 自分の価値観や常識、“あたりまえ”が揺らぐことはときに恐怖だと感じる人もいるかもしれません。しかし、その恐怖あるいは違和感も、自分が持っている“ものさし”が生み出していること。本書に記された多くの興味深いエピソードを通して、自分の“あたりまえ”が切り崩されていく、その体験が得られるともいえるのです。

「おわりに」の最後には、文化人類学に興味を持ち、もっと学びたいと思った方向けにブックガイドが用意されています。興味深い書籍が並んでいますが、まずは本書を手始めに自分自身の“あたりまえ”を切り崩してみてはいかがでしょうか。

<参考文献>
『自分のあたりまえを切り崩す文化人類学入門』(箕曲在弘著、大和書房)
https://www.daiwashobo.co.jp/book/b10094312.html

<参考サイト>
箕曲在弘氏のX(旧Twitter)
https://x.com/arihirominoo

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