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DATE/ 2016.07.05

自殺大国ニッポンで「自殺者を悼む」とはどういうことか?末井昭氏が語る「自殺」

自殺者について考え、悼む話題の書

 自殺大国ニッポン。1998年以降、自殺者の数が3万人を上回り続け、いつしかこの安穏としたフレーズが定着していきました。さまざまな自殺防止キャンペーンの甲斐もあって2012年以降は3万人を切り、昨年は2万5千人台と減少傾向はありますが、決して明るい兆しがみえるとは言いがたいのが現状です。

 では、自殺したい程の苦しみを抱える人に対して、残念ながら自殺してしまった人に対して何ができるのでしょうか。今、「自殺者を悼(いた)みましょう」という思いを込めた1冊の本が注目を集めています。その本の名前は『自殺』(朝日出版社、2013年)。教養メディア「10MTVオピニオン」講師で編集者兼作家の末井昭氏がつづったものです。

 末井氏が小学1年生の頃、重い結核を煩った末井氏の母親は、近所の若者と山中でダイナマイトを使って心中しました。末井氏は大人になってからもしばらく、そのことを人に言えませんでした。しかし、出版の仕事をするうちに知り合った芸術家・篠原勝之氏にふと、母親のことをもらしたところ、「すごいじゃないか!」とポジティブな反応があったそうです。末井氏は『素敵なダイナマイトスキャンダル』という本を書き、母親のこと、自分のことを世に語りかけたのです。

 2009年、末井氏は出版社から「面白い自殺の本を書いてくれ」という依頼を受けます。当初は明確なイメージを掴めなかった末井氏ですが、東日本大震災をきっかけに、自殺をテーマにした連載を出版社のホームページで開始。末井氏のTwitterには、「明日まで生きてみよう」といった読者からの反響が寄せられ、末井氏が励まされることも。こうして『自殺』がまとめあげられたのです。

 末井氏は自身の経験から、自殺は「悪=してはいけないこと」だからおおっぴらに語ってはいけない、触れてはいけないという世間の雰囲気を、より敏感に感じていました。しかし、死んだ後も孤独に据え置かれる自殺者の心の声に耳を傾け、自殺者を悼むことが必要だと考えたわけです。10MTVの中で末井氏はこう語っています。

 “自殺したのに違う死因にされたり、全く触れらなれかったりするのでは、死んでいく人がかわいそうではないですか。自殺するには、やはりそれなりの原因がそれぞれにあるわけですから。そのことを考えてみましょうよ、と。つまり、なぜあの人は自殺したのかを考えることが、悼むことになると思ったのです”

どうすれば「生き心地よく」共存できるのか

 「右下がりの方向にいくこと」「ネガティブをポジティブに転換していくこと」。この2つが自殺を考える人の助けになるのでは。末井氏は『自殺』を書いた後に読んだ、ある2冊の本からそんな考えを抱くようになったといいます。

 1冊目は岡檀氏の『生き心地の良い町』(講談社)。老人の自殺者が何十年もない徳島県海部町を取り上げた本です。海部町にみられる「いろんな人がいてもよいという意識」「人物本位主義」「どうせ、自分なんてと考えないこと」「ゆるやかにつながるコミュニティ」といった精神風土が「生き心地の良さ」に繋がっているのではと、末井氏は思ったそうです。そうしたことから、弱みを見せ合いながら、ゆるやかに助け合ことの効力がみえてきたのです。

 もう1冊は『べてるの家の「非」援助論』(医学書院)。べてるの家は北海道日高市浦河町にあり、精神病患者たちが共同生活する場として、30年ほど前にソーシャルワーカーの向谷地生良氏が始めたもの。今では150人ほどが、マンションや一軒家に分散して、浦河町で生活しています。末井氏によれば、べてるの家では繰り返しミーティングが行なわれているそうです。

 “一にミーティング、二に飯より前にミーティング、といったような合言葉で、とにかく皆集まってミーティングするわけです。何か自分が困ったことがあると、すぐに言うわけです。そうすると、皆がそのミーティングの時に本当に適当なことを言うわけです。一生懸命考えているわけではなく、ただ『自分はこう思う』というような感じです”

 ここでいう「適当さ」こそが、「問題提起への答えを言うのではなく、あの人がこう思っていることに皆が共通認識」へとつながっていくのです。こうした対話スタンスは周辺の住民との「本音の話」にもつながり、だんだんとお互いが打ち解け、今ではべてるの家の事業が町を助けるまでに至ったそうです。

架空の右上がりを目指していることに無理が生じているのでは

 「人間には人としての自然な生き方の方向というものが与えられているのではないか。その生き方の方向というのが、『右下がり』である」

 『べてるの家の「非」援助論』にあったこの一節が、末井氏の心をとらえました。高度成長期のように努力する程、右上がりに成長していく時代は終わりました。しかし、「もっとよい結果」という競争を強いられ、心を壊す人がたくさんいます。末井氏は、右上がりの時代が終わっているのに「右下がりの方向でいこうよ」と言えない状況が、今の日本社会とクロスしている、と考えます。

 “架空の右上がりを目指しているような感じがするのですね。その中で、やはり無理が発生していったりする。ですから、精神を病む人が増えていくのではないかと、そのような気がしています”

 「自殺者を悼む」とはどういうことか。現代社会において、今もっとも考えるべきテーマなのかもしれません。
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