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『貞観政要』で最も有名な「創業と守成いずれが難きや」

『貞観政要』を読む(5)難しいのは「創業」か「守成」か

田口佳史
東洋思想研究家
情報・テキスト
老荘思想研究者・田口佳史氏による『貞観政要』の読解講座第5弾。『貞観政要』で有名なのは、創業と守成をめぐる議論だ。国や組織を創るのと維持するのとでは、どちらが難しいか。李世民の二人の側近は、なんと完全に相反する結論を出してきた。その時、李世民はどのように応じたか。優れたリーダーの資質が垣間見える瞬間だ。(全15話中第5話)
時間:12:37
収録日:2016/07/25
追加日:2016/12/05
≪全文≫

●第三は、創業と守成のどちらが困難か


 続けて第三章を読んでいきたいと思います。「貞觀十年、太宗、侍臣に謂いて曰く、帝王の業」、トップの仕事としては「草創と守文と孰(いず)れか難(かた)き」か。「貞観政要という本をご存じですか」と聞くと、多くの人は「知っていますよ。あの「創業」と「守成」のどちらが難しいかを言っているあの本ですね」と言います。その通り、ここは非常に有名になった箇所です。ですので、正しく読むのがいいと思います。

 「帝王の業、草創と守文と孰れか難き」と言います。草創と守文については、少し解説をしておかないといけないところがあります。物事の順番、国家建設の順番というものがあります。会社もいきなり「創業」をしてはいけません。創業の前に、実はやらなければいけない重大な仕事がある。これが、中国古典でずっと説かれている最大のポイントです。

 これを「撥乱反正(はつらんはんせい)」と言います。「はつ」は、「発」を「打つ」と書きます。三味線の撥(ばち)や太鼓の撥(ばち)です。撥(ばち)とは打つことです。「正す」、そして「反省」。つまり正しさに返ることです。「撥乱反正」というのは、「乱をまず打たなければいけない。それで正しさに返る」ということです。

 前のビルを壊して新しいビルを建てる場合を考えましょう。前のビルが少し残っていてもいいから、新しいビルを建ててしまおうということはしないと思います。全部片付けて整地にし、何にもなくして真っ平らな土地に戻してから建てますね。あれが「撥乱反正」です。まず乱を正さなければいけない、打たなければいけない。そうやって正しさに返ることが、まず基本です。

 今でも、M&Aなどで会社を買うことが非常に流行していますが、私が見ていても、失敗する例では、最初に「撥乱反正」をしていません。欠点を残したまま、組み入れてしまうことが非常に多く、その結果、本体にも影響が出てしまう。そういう取り入れ方は絶対に良くない。そのためにもぜひ「撥乱反正」という言葉を知っていただきたい。これが、まず一つです。


●「創業」と「守成」の本来の意味


 それから、次が「創業」です。創業とは、正しく言うと「創業垂統」と言います。「創業」とはどういうことか。「業を創る」ことですが、その時に忘れてほしくないのが「垂統」です。これは「伝統を垂れる」ということです。つまり国家、それから組織や企業も、何が重要なのかと言えば、「伝統」です。その国その組織独自の伝統があります。継ぐべき一番重要な根幹があるわけです。それをまず「垂れる」こと、これが「垂統」です。伝統のスタートが切られなければいけない。ここをなおざりにしていると、ただ業を始めただけですから非常に落ち着かない組織になるし、非常に危うい組織になってしまいます。「今回始まったこの会社は、これを垂統するのだ。この伝統を守っていくのだ」ということを表明して、理念を非常に明確にし、それを重視する。これが「創業垂統」です。

 その次が「継体守文」です。継ぐとは何をするのかと言えば、継体です。ここでいう「体」とは、国で言えば国柄、会社でいえば会社の社風です。そういうものを継ぐことを「継体」と言います。「守文」とは何か。これも重要です。先ほど述べた「垂統」を守ることです。伝統がもはやそこの文化になっているわけですから、その会社を守文する、文を守っていくことがポイントになります。「撥乱反正」「創業垂統」「継体守文」、これが非常に重要です。ここで草創と守文という言葉が出てきたので、少し解説をしました。


●二人の側近が出した、相反する解答


 「尚書左僕射(さぼくや)房玄齢對へて曰く」。太宗が「創業と継続とどちらが難しいか」と問うたら、まず房玄齢(この人はずっと昔から太宗に仕えてきた人です)という人が「天地草昧にして、群雄競ひ起る」と答えます。まだ国家が創業の前で非常に社会が不安定なところ、群雄割拠して競いが起こった。「攻め破りて乃ち」。それを攻めて破り、それで「降し」て、「戦ひ勝ちて乃ち剋つ」。「此に由りて之を言えば、草創を難しと爲す」。つまり、まだ何も落ち着いていない、非常に荒れ狂った世の中で、多くの大敵を打ち滅ぼして初めて可能になるのが創業です。だから、創業の方が難しいと思う。房玄齢がそう答えました。

 それに対して、最近部下になった優秀な魏徴はこう答えます。「魏徴對へて曰く、帝王の起るや、必ず衰亂(すいらん)を承(う)け」。全く何もないところに国を建てるということは、まずない。前の国が滅びた後に建てるわけだから、そういう意味では新たな帝王が起こる場合、必ず前の衰乱を受けてやるわけです。だから「彼の昏狡を覆し」、悪賢いものを覆していくことになる。「百姓」、国民は塗炭の苦し...
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