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アメリカ・ファーストの保護主義では労働者は救えない

トランプ政権研究(2)保護主義の矛盾と反オバマ路線

島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授/テンミニッツTV副座長
情報・テキスト
公立大学法人首都大学東京理事長の島田晴雄氏が、トランプ大統領の主張について解説する。トランプ氏はアメリカ・ファーストを掲げ、保護主義を主張しているが、それでは労働者を救うことはできない。また、オバマ前大統領の政策に対しても、オバマケアやドッド・フランク法案の見直しを含め、ことごとく反対している。(全11話中第2話)
時間:12:15
収録日:2017/05/23
追加日:2017/06/04
カテゴリー:
≪全文≫

●保護主義によってむしろアメリカの労働者が被害者になる


 ドナルド・トランプ氏がどのような主張をして、世の中はそれをどのように認識しているのか、フォローしてみましょう。

 トランプ氏はアメリカ・ファーストを掲げています。しかしこれは、どこの国でも言うことであって、まったく驚くべきことではありません。ただし、問題なのは、トランプ氏がアメリカ・ファーストを保護主義の意味で用いるからです。「アメリカの製品を買え、アメリカ人を雇え」と言うのは構わないのですが、そのために世界の貿易や投資に干渉しようとします。外国からの輸入品には高い関税を、商品の移動には国境税を掛け、アメリカ企業が海外の安い生産地に立地しようとすると、大統領が「投資をするな」と直接口を挟んでくるのです。

 こうした保護主義政策を取ると、結果的に、世界の貿易が収縮してしまいます。そして、アメリカもその影響を受けることになります。実際、アメリカに入ってくる商品は減少し、非常に高い値段になるでしょう。結局、アメリカの労働者が犠牲になります。トランプ氏はこうしたことに気付かないまま、アメリカ・ファーストと言っているのです。

 トランプ氏は二言目には、アメリカの選挙民に“I will bring jobs back to you guys”(「君たちに仕事を取り戻してやる」)と言っていました。雇用機会を取り戻すというのですが、それを関税や国境税、企業の投資立地に対する直接的な干渉といった、保護主義で行うつもりなのです。

 しかし、雇用は生産活動の結果、生み出されるものです。世界のサプライチェーンの中で、企業が最適地を選び、そこに雇用が生まれるのは当たり前のことです。企業にしてみれば、生産性が高く、賃金の安いところでないと成り立ちません。アメリカのラスト・ベルトでは、生産性は上昇せず、賃金も高く、労働者が移動しません。そんなところが勝てるわけがないのです。

 しかし、保護主義の手段で資源配分を変えるということは、アメリカに対する世界の供給の制限につながります。アメリカ国内の物価が上がり、結局アメリカの労働者が被害者になります。こうしたことをトランプ氏は気付かずに言うわけです。ペンシルベニア大学で優秀な成績だったというのも、私は少し疑問に思っています。


●トランプ氏の国際協力の意味を分かっていない


 トランプ氏は、大統領就任の最初の日に、TPPを離脱すると言いました。こういう言い方を彼はします。“TPP is the most terrible and disastrous trade agreement which sacrifice and damage American workers”(「TPPはアメリカの労働者を犠牲にし、被害を与える、最低で最悪の貿易協定だ」)。北米自由貿易協定(NAFTA)についても同じです。アメリカはこれで非常に得をしてきましたが、それを否定して再交渉を主張しています。WTO(世界貿易機関)のルールも書き直すのだと、驚くべき発言をしています。これはアメリカがつくったものなのですよ。世界中の国々が参加して、貿易のルールを定めています。

 要するに彼は、国際協力の意味が全く理解できていません。国際協力というのは、みんなに共通のルールを適用することです。そのルールの下で競争することが、公正であり公平なのです。共通のルールの下では、こう行動すればどのような結果になるかという、予測可能性があります。これは企業が投資計画を立てる際に、非常に有用です。こうした自由競争のメリットを生かすために、世界で条件を整備し、自由貿易を促進してきたのです。今ではあらゆる国際機関がこの認識を持っています。しかしトランプ氏は、こうしたことが戦後の世界をずっと発展させてきたという理論も分かっていなければ、その実績も無視しています。

 「国際協定は、アメリカ以外の国がアメリカの行動にけちをつけるものだ。そんなもの、ふざけんなよ。俺は不動産屋として、交渉でずっと成功してきたんだ」。こう言い放つのです。彼はよく「ディール」と言いますが、それは取引のことです。彼に言わせれば、取引と駆け引きでもうけることが全てなのです。取引は1対1のやり取りですから、相手の性格や場面、特別な事情を知っていたりすることで、勝ててしまいます。しかし、それは恣意(しい)的で、不透明です。絶対、公平・公正になるはずがありません。これは国際的な競争の環境整備という意味では、非常にデメリットがあるのです。

 さらに恐るべきことに、大統領になった途端に、個別企業に圧力を掛け始めました。これは脅しのようなものです。Twitterでまず名指しをする。理解していないと思ったら、電話をかける。最初に文句をつけられたのが、空調機器大手のキャリアという会社です。この会社はトランプ氏から「メキシコに投資するのをやめろ」と言われて、結局、大統領怖さにやめてしまいま...
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