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イギリス情報部がルーズベルト大統領を再選させた

インテリジェンス・ヒストリー入門(6)1940年の米大統領選

中西輝政
京都大学名誉教授/歴史学者/国際政治学者
情報・テキスト
フランクリン・ルーズベルト
歴史学者で京都大学名誉教授の中西輝政氏が、1940年アメリカ大統領選にいかにしてイギリス情報部が介入し、ルーズベルトに勝利をもたらしたのかを解説する。ドイツの脅威を前に、ヨーロッパの民主主義国が危機にさらされる中、チャーチル首相はアメリカ政治に介入することを決意する。(全11話中第6話)
時間:10:36
収録日:2017/11/14
追加日:2018/06/13
カテゴリー:
≪全文≫

●孤立主義はアメリカの伝統だった


質問 1940年から41年にかけて、アメリカでイギリスの工作員が活躍し、孤立主義者をつぶした、と著書にお書きになられています。これについてお話しください。

中西 これは非常に大事なテーマです。1940年の大統領選挙は、フランクリン・ルーズベルトの3選がかかった重大な選挙でした。当時すでにヨーロッパでは、ドイツとイギリス、フランスの戦争は始まっていました。フランスはドイツに敗れており、イギリス一国が孤立しながら、ヨーロッパ全土を制覇したドイツと向かい合っていたのです。イギリス中心にした民主主義国は、いつ何時滅亡するか分からないという危機的な状況でした。アメリカの大統領選は、こうした動きと連動して、非常に重要な焦点になっていました。

 イギリスとしては、生きるか死ぬかの瀬戸際です。戦時中であり、国の存亡が文字どおりかかっています。当時のウィンストン・チャーチル首相はルーズベルトと、ある種意を通じていました。ルーズベルトとチャーチルは、早くからものすごく深い個人的な関係にあったのです。

 ルーズベルトは3選できれば、大統領としてヨーロッパの戦争に参戦してもいいと言いました。イギリスを助け、ドイツと戦う方向にアメリカを持っていくつもりだったのです。しかし、アメリカの国内世論は参戦に反対でした。ヨーロッパの戦争には第一次世界大戦で懲りてしまっていたからです。80パーセント以上の世論は、アメリカの参戦に反対でした。ルーズベルトは、イギリスを救うと言うが、そんなことはとんでもない。ヨーロッパの戦争にアメリカがどんな関係があるのだ? というのです。今でいう孤立主義の世論です。

 孤立主義というと、今では悪い意味がありますが、本来はアメリカの伝統でした。ヨーロッパの問題に関与しないという立場です。ですから私は、孤立主義ではなくて「不介入主義」と呼んでいます。当時、こうした不介入主義の世論が80パーセント以上の高い支持を得ていたのです。ルーズベルトとしては、しかしこのまま放っておくと、イギリスも含めたヨーロッパだけでなく全世界が、ドイツあるいはファシズムの支配下に入ってしまいます。アメリカの安全もいずれ脅かされるでしょう。ルーズベルトはこうした発想でした。


●外国の政治に手を突っ込んででも、必ず目的を達成する


中西 チャーチルはこれを受けて、ルーズベルトの3選を何があっても実現しないといけないと考えました。外国の政治に手を突っ込んででも、必ず目的を達成しようとしたのです。イギリス情報部は、当時の組織名がBSC(ブリティッシュ・セキュリティー・コーディネーション)と言いました。これは普通の人からすると何を意味するのか分からないような、秘匿名です。この組織をニューヨークにつくって、何千人というスパイ工作員をイギリスから送り込みました。

 有名なところでは、ハリウッドの有名な女優や、マスコミで活躍するような文化人がそうです。例えば、グレタ・ガルボやイングリット・バーグマン、グレアム・グリーン、ノエル・カワードなど、当時の世界の芸能・文学・経済界の大物や、世界的に有名な学者も動員しました。恐らくアルベルト・アインシュタインも関わっていたと思います。

 総じて、イギリスの底力を見せたわけです。世界中から、アメリカの世論に大々的に工作していきました。「ヨーロッパの自由を守れ」、「ドイツではこんなひどいことが行われている」。ものすごい勢いでプロパガンダを始めるわけです。

 ところが、いくらやってもアメリカの世論は動きませんでした。下手をすると、ルーズベルトの3選も怪しくなってきます。そもそも、アメリカの伝統では大統領3選はしてはいけないことです。大統領は2期で終わらないといけません。しかし、ルーズベルト以外の人だとヨーロッパに参戦してくれません。そうなれば、イギリスは国が滅亡します。

 そこで、不介入主義を唱える政治家やオピニオンリーダーを、一人ずつイギリス情報部の秘密工作がつぶしていったわけです。不介入主義を唱えたのは主に共和党でしたが、民主党の中にもたくさんいました。

 例えば、女性スキャンダルをでっち上げて、政治家を失脚させます。これは本当に生易しい方で、場合によると新聞社をつぶしたり、世論調査会社の世論調査結果を書き換えるということも行われました。例えば、現在も存続していますが世論調査会社のギャロップです。ギャロップの本社に忍び込んで、統計資料を全部書き換えてしまったのです。世論調査会社の発表する数字をイギリス人が信用しないのは、こうした工作が行われることがあると、よく知っているからです。


●イギリス情報部BSCは徹底的に工作した


中西 しかし、これでもまだ生易しい方です。よく知られたところでは、選挙が近...
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