●イオンエンジンの1つ目の問題は長時間加速のデメリット
イオンエンジンを使うと排出速度が非常に大きいので、総質量が激減しそうに思えますが、実はその点に関して大きな問題が2つあります。今回はこのことについて説明したいと思います。
1つ目は、イオンエンジンならではの問題である、長時間加速のデメリットです。逆にいえば、これは短時間加速にはメリットがあるということです。最初にお話しした、地球を出発するケースを改めて参照しましょう。例えば、地球を出発するとき、地球の周回軌道からプラス3.2キロメートル毎秒の速さを得られると、無限遠で速さは0になります。
ここから3.6キロメートル毎秒にすると、無限遠で2.9キロメートル毎秒になります。先ほどこのことを簡単にお話ししたのですが、実は少し不思議なような気もします。なぜなら3.2から3.6では、0.4しか増えていません。しかしながら、一番遠くに行ったときの速さは0が2.9になっているからです。つまり、非常にお得なことが起きているのです。仮に最初の3.2キロメートル毎秒のまま地球を脱出し、無限遠で0になってから、再びそこで加速してプラス2.9キロメートル毎秒した場合、トータルの速度としては6キロメートル毎秒ほどが必要とされます。
ですが、こちらの地球加速を増やす方法だと、プラス3.6キロメートル毎秒にするだけで無限遠方において2.9という値を得られます。つまり、地球のそばで加速すると、非常にお得だということです。てこの原理のようなもので、地球のそばを通っているときは非常に速度が速いので、そのときに同じ力で押すと、ますます加速されるということです。逆に、先ほどお話ししたように、無限遠に行ってから加速する場合、無限遠まで推進剤を持っていかなければならないので、非常に効率が悪いのです。
一般的に、重力の強いところで加速した方がお得であるというのが、軌道のルールです。しかし、電気推進の場合、これをうまく使えません。
●電気推進機は力が非常に弱い
電気推進機は、実は力が非常に弱いのです。そのため、この装置は加速が非常にゆっくりです。そのため、先ほど説明したような軌道、すなわち円をいきなり楕円にすることができません。円からはじまり、ゆっくりと円の軌道を大きくしていく方法になります。そうすると、蚊取り線香のように渦巻きをつくりながら次第に半径が大きくなっていきます。このスライドにあるように、次第に半径が大きくなるような加速になります。そうすると、加速量として約3倍が必要となり、ものすごく時間がかかってしまいます。このことを少し具体的に見ていきます。
この渦巻き状の加速を、私たちは「スパイラル軌道遷移」と呼んでいます。これを実際に行って地球から外まで出るとすると、どれくらいの加速量が必要なのでしょうか。
250キロメートルの定軌道から、地球の外に出て、地球の重力圏の外である無限遠で速度を0にするためには、約プラス7.8キロメートル毎秒の加速が必要になります。これでようやく、太陽から見て地球と同じ速度になります。そしてそこから火星に向かうためには、さらにプラス5.7キロメートル毎秒が必要になります。先ほど、地球からプラス2.9キロメートル毎秒で火星に行けるという話をしましたが、あれは軌道が楕円であった場合です。ここでは電気推進を使ってゆっくり加速しますので、地球から出発した後も、このスパイラルを続けます。そして、地球から火星にスパイラル軌道遷移で進むと、(上述した)約5.7キロメートル毎秒という非常に大きな加速量がかかり、合わせると13.5キロメートル毎秒という値になります。
これは、最初に提示した地球の定軌道から出発したときの加速度3.6キロメートル毎秒に比べて、約4倍です。
●燃料型エンジンに比べて約3倍の合計加速が必要
電気推進の場合、火星から出発して地球に帰る際も、これと同じことを行わなければなりません。大まかに計算すると、燃料による急加速に比べて加速量が往復で3倍ほど必要になってしまいます。そのため、燃焼型のエンジンの場合、8キロメートル毎秒ほどの加速が必要だったのに対し、電気推進を使うとそれが約24キロメートル毎秒になります。
しかしそれでも、排気速度は10倍になります。排気速度は指数関数的、つまり爆発的に推進剤の質量に影響するので、仮に加速量が3倍になったとしても、電子推進機を使えば総質量を減らすことができます。先程の燃料型エンジンの見積もりでは宇宙船の総質量は760トンでしたが、...