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貨幣、帝国、世界宗教は人類を一つにまとめる装置だった

『サピエンス全史』と『ホモ・デウス』(4)人類の統一と科学革命

長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長/元総合研究大学院大学長
情報・テキスト
『サピエンス全史(下)文明の構造と人類の幸福』
(ユヴァル・ノア・ハラリ著、柴田裕之翻訳、河出書房新社)
時はさらに進み、貨幣や帝国、世界宗教といった装置が生み出されることで、遠く隔たった場所に住む人類は、相互に集団として認識できるようになった。また、「知らないという事実を知る」ことで「知りたい」という強い欲求が生まれて、近代科学は急速に発展した。人類はこれまで説明してきた4つの要素によって、現在の繁栄を獲得してきた。今回は、『サピエンス全史』第3部・人類の統一と第4部・科学革命についての丁寧な解説とともに、今後その知見をどのように役立てて行くべきかの示唆を与える。(全5回中第4回)
時間:11:24
収録日:2019/04/03
追加日:2019/08/02
キーワード:
≪全文≫

●貨幣、帝国、世界宗教という発明が人類をひとまとまりにした


 次は、人類の統一です。ここで私が特に重要だと思うのは、貨幣という発明です。貨幣は、誰にとっても同じ価値です。例えば100円や1,000円という貨幣を持っていれば、それを使って何をするのも自由です。1,000円で何かを買っても良いですし、どこかに旅行しても良いですし、何をしても良いのです。みんなが違う欲望を持っていても、共通の貨幣を使って全員が異なる欲望を満たすことができるのです。

 ですので、商人にとっては誰でも顧客となります。人種や国、言語の違いは関係ありません。みんなの具体的な価値はそれぞれ異なりますが、貨幣に価値があるということはみんなが共通して了解することで、貨幣を通じて、みんなが同じ価値を共有できるようになります。これによって、国境を越えて、地理的に遠く離れた場所でも、貨幣を用いて交易することができました。貨幣という、誰でも持って使うことができる抽象的な価値という存在が、世界中のさまざまな人々を結びつけたのです。

 これにより、欲望が無限に成長していくわけですが、その結果、文化が異なっても同じ1人の王様が同じ貨幣を使って全員を支配するという、帝国が出現します。大きな帝国の中で支配された人たちには、例えばローマ帝国のガリア人など、辺境の人々もいますが、文化や言語が異なる中で、貨幣と皇帝を共有しているという同じ一つの幻想によって、統一されていくわけです。これが最初のグローバル化であるということができると思います。

 さらにその後、キリスト教イスラム教といった世界宗教が出現します。言語が異なっても、宗教という虚構、幻想を共有していることで、集団としてのまとまりを形成することができます。

 ここで挙げた貨幣、帝国、世界宗教は、人類を一つの大きなくくりとしてまとめることを可能にした装置だったということができると思います。こうした装置の存在が、人類を非常に強い存在にしたともいえるでしょう。


●知への欲求が近代科学の発展を産んだ


 最後が科学革命です。この部分では、大航海時代や博物学の時代に、世界地図をどうやって書くことができたかということを、面白く取り上げています。昔の世界地図は、知っている情報のみで、全て埋まっていました。地中海が中心に位置していて、アフリカが少しだけ書かれているというように、地図の内容は既知の世界の情報だけで構成されていました。未知というものはありませんでした。

 対して、大航海時代や博物学の時代には、異なる世界、知らない世界があるということが発見されました。つまり、知らない世界が存在することで、地図に多くの空白ができる時代です。そうすると、地図には隅々まで書かれていないわけなので、その空白地帯について知りたいと思います。そして、知らないことを知りに調査に行くと、そこでその地を征服してしまうのです。だから、知らないということを知る、つまり無知を知ることを通じて、知る欲望が刺激されたと同時に、知ったものは征服するという流れで、この時期の人々は非常に貪欲になりました。

 それから、近代科学は、仮説を立て、観察と実験によって実証する、仮説が棄却されたら、異なる仮説を試すという方法を確立しました。こうした方法を繰り返すことによって、エンドレスに現象に対する理解が進んでいくやり方を構築しました。このプロセスを利用して、単なる試行錯誤ではなく技術の開発が可能になりました。

 こうした方法は非常に優れていたので、近代科学を持ったヨーロッパが急速に発展して世界を支配したということは、ニーアル・ファーガソン(スコットライド出身の歴史学者)など他の学者も指摘しています。このように、近代科学の方法が、資本主義と自由主義経済の発展と、時を同じくして進んでいったという事実は、科学史的にもよく知られています。しかし、知らないということを知ることで、知らない土地を知りに行ってそこを征服する、知ったことを用いてもっと良いものをつくり、それを売り込み、世界中に広めることで世界を支配するという試みが、こうした発展と密接に結びついているというのは、非常に良い考察だと思います。

 この指摘は現代にも当てはまると思います。日本の科学技術立国としての基礎となっているのは、この哲学でしょう。知らないものを知り、知ったものを技術につくりかえ、それを売り込み世界中に広め、それで日本を強くしようということですから、まさにこの考え方に一致しています。


●『サピエンス全史』がもたらした知見をどう生かせば良いか


 以上のように...
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