●戦争をきっかけにアイデアが生まれたダヴィンチ
―― 先生は前立腺がんをはじめ泌尿器科医療の第一人者で、かつアンチエンジングの学会(日本抗加齢医学会)会長を務めておられました(現在は理事長)。また、アメリカの医療にも詳しくて、かつ、医療費と財政の問題、あるいは日本人の死生観という部分と医療との関わり合いなど、昔からパブリックマインドがあったので、ものすごく全体感がある。今日はそのあたりの話を伺いたいと思っています。
堀江 それぞれが薄い金箔みたいなもので、ちょっと押すとはがれてしまうかもしれないですけど、よろしくお願いいたします。
―― 以前に、ダヴィンチ(最先端手術支援ロボット)での手術の映像を撮らせていただきました(<ロボット手術が拓く外科イノベーション「ダヴィンチ」>参照)。日本ではダヴィンチのコストが非常に高い。ダヴィンチは名人芸ではなくてもある程度の技能を習得すればみんなが使えるのに、なぜなかなか普及しないのか。そのあたりのところからお伺いできますでしょうか。
堀江 はい。ありがとうございます。手術ロボットであるダヴィンチは、もともとアメリカの国防総省が考えていたのですが、戦場で傷ついた兵隊さんにその場で手術するけれども、医師は後方にいる場合、どうやって遠隔で手術するか、というところから開発がスタートしました。要するに外科医と患者さんに距離がある、と。これはある種イノベーションで、それまでは手術というのは患者さんのそばでするものでしたが、そこから発想がスタートしました。
だいたい、10年ちょっと前にはほぼ現在のプロトタイプが完成しました。臓器の特徴から前立腺がんというのは、非常に応用しやすいということもあり、最初は泌尿器から普及が進みました。
●ダヴィンチのメリット
堀江 ただ、アメリカの場合は、医療の中でいろいろな医療機器が出てくる場合、コストを削減する、という考えが第一になりますね。ダヴィンチというのは、医師が現場から離れたところにいて、医師ではない人でも対応できるということで、医師3人必要な場合が1人でもいい、ということが非常に大きなインセンティブになっています。
―― なるほどですね。コストに関して、ですね。
堀江 もう一つは、ダヴィンチで使う、患者のお腹の中に入れる器具は2、3種類しかないということです。それまで、お腹を開けて手術するとなると、いろんなハサミやピンセットなど、だいたい100種類以上あって、それを看護師さんが全部カウントして、扱ったものを再消毒する。そして、その点数に間違いがないかとか、ガーゼは残っていないか、とか、もう一回確認することに莫大な時間と費用をかけていました。それが、たった3本をもう一回消毒するくらいでいい。ものすごい省略化ができるということなのですね。そうすると、安全という意味でも医療過誤が起こりにくいし、手術室の運営も集約的にできる。
●システムとしてダヴィンチを捉えるアメリカ
堀江 このように、ダヴィンチをシステムとして考えていますが、日本の場合はこれを「医療器具」と見なしていますから、医療器具として他の器具より優秀か、ということです。
―― なるほど、医療器具なのですね。
堀江 そうです。ですから、今、前立腺から、腎臓や膀胱、また婦人科、消化器などにも広がってきているのですが、ある時点までは「今までの治療法よりも優秀かどうか」ということが審査機関の評価だったのです。基本的にはこれは手術なので、もちろん出血が少ない、とかメリットがありますけど、手術の内容自体に全く違うということはありません。もともと手術が下手な人がダヴィンチを使って手術をしても全く駄目なんです。だけど、これはシステムが全然違う。安全性も違ってくる。そういうところの認識は、アメリカと日本の大きな違いです。
●日本語が医療のグローバル化の障壁になっている
堀江 さらにもう一つ。これは笑い話のようなことですが、ダヴィンチは世界中ほぼ同じ値段で、アメリカ、ヨーロッパ、タイ、韓国など、ほぼ同じ値段ですが、日本だけがずばぬけて高いのです。
―― 倍くらいになっていますよね。
堀江 これはダヴィンチだけではなくて、いろいろな医療器具がほぼ全てそうなっています。これは不思議な現象です。薬の場合は、大きな違いはなく、アメリカの方が少し高いくらいです。では、医療器具がどうして高いのか、というのは、複雑なシステムがあり、ここには、いろんな政府間の交渉などがあるかもしれないが、ただ関税はかかっていないんです。
ですから、一つよくいうのは、日本の場合は医療器具を日本で使いたい、という場合に全てのドキュメントを日本語にしないといけない、ということです。そうすると、日本語に翻訳する、日本語で教育する、ある...