●古い経済理論も新しい状況を分析するための示唆を与える
―― 実は、視聴者の方から橋爪先生へのご質問をいただいていますので、お答えいただければと思います。まず一つ目の質問は、「新古典派をはじめとする最先端の経済理論の破綻が明らかになりつつある今、マルクスや『資本論』を媒介として、歴史的パースペクティヴを持つことの重要性について、先生はどのようにお考えでしょうか」というものです。今回のシリーズ講義を踏まえて、どのようにお考えでしょうか。
橋爪 先ほどお話ししたことと少し被りますが、ご容赦ください。「新古典派をはじめとする最先端の経済理論の破綻」とご指摘ありましたが、経済理論は必ず単純化の上に成立しています。分析したい点に焦点を当てて、それ以外は後回しにするというのが、尖鋭的な経済理論なのです。
例えば、ケインズの場合、総需要が不足することによって失業が起こることが切迫した問題です。それに焦点を絞ると、有効需要が不足した場合、なぜ失業が引き起こされるのか、有効需要を上乗せするためにはどのような手段があるのか。それには、金利を下げるべきか、政府が公共投資を増やすべきか、などの論点に議論を集中させながら、システム全体を描きます。その場合、別の課題に関しては、機敏に対応できるほどの分析は行われていません。経済全体のバランスを取った考え方は、皆頭の中に持っているのですが、論文を書くなどして、そうした本を書いている時間がないのです。したがって、理論はいつも修正されているのであって、破綻しているわけではなく、新しい問題が出てきたということなのです。ですので、前の考え方に立ちつつも、議論を整理すれば対応できる場合が多いと思います。
マルクスの『資本論』も近代経済学と同じ枠組みの中で、もう一つの議論として扱えば、他の理論と同様に、使えるところは使って、使えない部分は置いておくという態度で良いのではないでしょうか。
―― 今回のシリーズ講義でも、マルクス経済学自体が、問題を単純化する中で生まれてきた側面があるとご指摘があったと思います。
橋爪 近代経済学が破綻しているのであれば、マルクス経済学はもっと破綻しているのです。破綻していながらも、現代への示唆があるのです。また、新しい経済情勢は、既存の議論では解明できない新しさを必ず持っているので、それに合致した新しい考え...