●哲学者ウナムーノの傑作長篇詩『ベラスケスのキリスト』
執行 ミゲール・デ・ウナムーノというスペインの哲学者が、私が一番尊敬している人の一人です。この人が大好きなのですが、この人が『ベラスケスのキリスト』というスペイン語のすごい詩を書いています。
ベラスケスというスペインの有名な画家が、キリスト像を描いています。プラド美術館にあるのですが、哲学者のウナムーノはそのキリスト像が若い頃からずっと好きで、その像といつでも対面していました。そうしたらキリストが、出てきたそうです。この体験談、このときのキリストとの会話を詩にしたためたのが、『ベラスケスのキリスト』です。
1冊の本になるほどの大長編詩ですが、内容が難しくて日本人は誰も訳せなかった。スペイン語学者も。霊的体験だから難しいのです。
―― そうでしょうね。霊的体験、かつ想像力がいるわけですね。
執行 そうです。ウナムーノは哲学者だけど、霊的体験なのでスペイン語の専門家も誰も訳せなかった。それを私は好きで、ただし、私はスペイン語ができないので、仕方なく英語で、ずっと読んでいました。日本語にはなっていないので。
そうしたら、偶然、この「憂国の芸術」を収蔵する戸嶋靖昌記念館の学芸員として、東京外国語大学スペイン語学科を出た安倍三﨑が入ってきたのです。これは偶然なのですが、彼女のスペイン語は、とんでもないうまさ。「これはいい」とスペイン語の粗訳を、全部、安倍三﨑にやってもらった。スペイン語がうまければ、粗訳ならできますから。
私はウナムーノの哲学自体にすごく詳しいので、ウナムーノがどうしてそういう解釈をしたかが全部分かっているわけです。だから英文の詩を参考にしながら、安倍の粗訳を監訳して、法政大学出版局から、今、出しています。『ベラスケスのキリスト』(法政大学出版局)です。
―― 『ベラスケスのキリスト』。それはすごいですね。
執行 すごいのです。日本で最初の業績です。この『ベラスケスのキリスト』のミゲール・デ・ウナムーノも、私と同じ、芸術作品に惚れ込んだ人間に起きた霊的体験を詩にしたのです。素晴らしい本です。安倍とのコンビで日本で最初に訳した。
―― それすごいですね。
執行 すごいんですよ。
―― 面白いなぁ。
執行 私は体験しているからできたのです。これだけはスペイン語をどんなに研究しても無理です。
―― できないですよね。やはりある種のイマジネーションがないと、できないですよね。
執行 イマジネーションがないとダメです。あとはウナムーノが体験したことなので、ウナムーノの哲学に、ものすごく詳しくないとできない。私は偶然そうだったから。
―― 面白いですね。二つが重なり合った。ウナムーノもすごいですね。ベラスケスのキリストの絵を見ながら、語り合っている。
執行 キリストとの本当の会話です。私はキリスト教も好きですが、まさにキリスト教の神髄です。キリスト教の神髄が、ウナムーノがキリストの像を見ながら対談してできた詩になっているのです。
―― ウナムーノも、やはり対話できるぐらいまでの入り込み方なんですね。それは絵の魂に惹かれたわけですね。
執行 そう。ベラスケスが描いたキリスト像が、そのぐらい好きだった。
―― ベラスケスは宮廷画家ですが、やはり凄まじいですね。
執行 すごいです、ベラスケスは。戸嶋靖昌も一番尊敬する画家はベラスケスです。戸嶋靖昌はベラスケスの研究のためにスペインに行ったのですから。偶然ですが。やはり、すごいものにはみんな感動しているのです。
―― プラドにあるベラスケスの絵は、確かにいいですね。
執行 あのキリスト像にそこまで惚れ込むと、キリスト像との間にもそういうことが起きる、ということです。
―― ある種、先生が体験したのと同じですね。
執行 同じです。これを私は、将来の優れた日本人、子孫に体験してほしいのです。それで今集めているのです。
これが『ベラスケスのキリスト』です。「執行草舟・監訳」。安倍三﨑が粗訳で翻訳した。そしてスペイン哲学で有名なホアン・マシア先生が解説を書いた。
―― すごいですね。
執行 差し上げます。
―― ありがとうございます。
執行 これがベラスケスのキリスト像からウナムーノが感じたキリストとの会話なのです。
―― でも、これは監訳できないです。
執行 日本人では一人もできない。だからスペイン語ができない私が、明治以来初めてやったのですから。
―― やはり翻訳は、イマジネーションとか哲学がなかったらできないですね。
執行 できない。私はミゲール・デ・ウナムーノという哲学者が好きで、全著作を読んできました。どうして『ベラスケスのキリスト』の詩を本にして出したいと思ったというと...