●「薄墨」と「龍」に込められた万感の想い
執行 これは西郷隆盛の書です。ただし西郷隆盛の書だから、(憂国の芸術というコレクションに)入ったのではありません。これも謂れがあります。
西郷隆盛は、あれだけの人生を送った人ですが、その人生の最後となった西南戦争の勃発前に、山岡鉄舟が、政府の特使として、西郷隆盛に反乱を抑えるように頼みにいきました。
―― そこも山岡鉄舟だったんですね。
執行 山岡鉄舟が行ったのです。大久保利通に頼まれて。なぜかというと、もともと西郷隆盛と親友だから。そのときに山岡鉄舟に対して、西郷隆盛が渡した書がこれです。
西郷隆盛が書いた書の中では、一番目立つほどの「薄墨」です。薄墨で書いたということは、もう死を決しているということです。内容は詳しく言いませんが、「自分は志のために死ぬ」ということが書かれています。山岡鉄舟が特使として来たときに、これを西郷隆盛は何も言わないで渡した。この書をもって山岡鉄舟は「もう西郷は止められない」と悟り、帰った。大久保もこれを見て諦めた。
だから私は、山岡鉄舟がもらった書なので、「友達の書」という名前をつけています。西郷隆盛が命懸けの反乱を起こした西南戦争のときの記念の書です 。いきさつは全部分かっていて、山岡家の人間からも直に聞いています。そういういきさつがあり、それで私は日本のために命を懸けた西郷隆盛の霊魂が静もれているものとして集めているのです。
―― なるほど。それにしても西郷も山岡鉄舟も大久保も大したものですね。
執行 それはそうです。その人たちの友情の証です。
―― 証なんですね。
執行 もちろん西郷隆盛の書も多くあるし、山岡鉄舟も。みんな日本人の将来のためです。吉田松陰もあるし、高杉晋作も持っています。日本の根本ですから。
―― そうですね。
執行 こういう人たちの書は、やはり本当に芸術作品になっています。芸術に全部なっちゃっている。
―― なっているんですね。
執行 だから芸術というのは特別なものではない。先ほどのコシノジュンコさんのお母さんではないけれど、芸術の根本はやはり生き方です。芸術的な生き方をした人が、何をしたかというのが芸術です。どうしても音楽や絵でやりやすくなるというだけです。
ただ、私が尊敬している実業家に出光佐三さんがいますが、出光佐三も「自分の事業は芸術だと思っている」といったことを本に書いています。あのような優れた事業をやった人は、事業そのものも芸術と捉えていたのです。私が見ても、そう見えます。昔の出光興産は、芸術です。
―― でも先生、そういう意味で、山岡鉄舟のそれもすごいですね。
執行 これは山岡鉄舟の有名な書です。山岡鉄舟は大体このラインで、これは「龍」という字です。多分日本で一番、山岡鉄舟の書を持っているのではないでしょうか。もう何百と持っています。山岡鉄舟の書の日本最大のコレクターです。
明治維新をやった日本人の真心が一番入っている書は、芸術的に間違いなく山岡鉄舟です。だから山岡鉄舟の書を何百幅と持っていますが、どれを見ても明治の志士の燃えるような国に対する想い、愛国心が沸き立ってきます。
昔、書に一番詳しかった寺山旦中という鑑定家が、日本刀が似合う書は山岡鉄舟だけだと書いています。日本刀を前に置いて似合う書は、山岡鉄舟のみだと、書の美術の本に書いてあるのを読んだことがあり、私もそう思います。
なぜかというと、日本の武士道精神を一番表しているのが山岡鉄舟だからです。武士道から出た愛国心を、書という芸術に仕立て上げているのが山岡鉄舟です。それでたくさん集めました。これも「憂国の芸術」で、将来の日本人がこれを見たら、絶対巻き起こしてくれると私は信じています。
●「優れたもの」の最たるものが後世に残る芸術
執行 こう言うと問題あるかもしれませんが、現代社会では、「優れていないもの」とどんなに親しくしても、何にもなりません。やはり入ってきて役に立つ、自分に感化を与えるもの。素晴らしくなるためには、相手も素晴らしくなければダメです。くだらない人を尊敬しても、それは一生ダメ(笑)。
―― それはそうでしょうね。
執行 だから、芸術作品を尊敬しろと言うのです。私が尊敬した音楽家もベートーヴェンだからよかったので、何の才能もない、適当に道で演奏している人を尊敬しても何の音楽的感性も入ってきません。やはりベートーヴェンはじめ、優れた芸術家としても認められている人でなければダメです。
―― 一流の人と出会わないとダメですよね。一流の芸術と会わないと。
執行 今言うと問題ありますが、真実はそういうものです。
―― でも「真実はこうだ」と言えずに教え込まれたから、ややこしい日本になった。
執行...