●コシノジュンコと戸嶋靖昌を分けるもの
―― でも先生、あの時代って不思議ですよね。大阪で焼け野原じゃないですか。あの時代にファッションを教えてくれるところはなかったから、みんな文化服装学院にやって来た。
執行 あと雑誌ですね。
―― そうした中から、いきなり出て行くのです。世界に。
執行 それから、材料が豊かになったら、ああいうすごい個性の作家は出なくなった。
―― そうですよね。
執行 ああいうすごい人たちが出た頃は、やはり日本人がみんな飢えていたからです。
―― なるほど、日本人も飢えていたんですね。
執行 飢えていなきゃダメです。枯渇感です。「ふらんすに行きたしと思へどもフランスはあまりに遠し」という萩原朔太郎の詩にも書かれています。あの頃の文学者はみんなフランスに憧れたけれど、誰一人行くことができない。その時代が一番、フランス文学者も詩人も偉大な人がいます。フランスに行けるようになってからは全然ダメです。今は飛行機で、10時間で行けますから。
だから私が集めるのは、やはりフランスが憧れだった人たちが、フランスを描いた作品などです。それが「憂国の芸術」になるのです。
―― なるほど。
執行 コシノさんは、フランスなんて限っていません。宇宙なんです、コシノさんの芸術は。ファッションで有名なので皆さん誤解していますが、宇宙です。この作品もそうです。これには、混沌の中から人類が生まれ出てきたときの一つの苦悩であり、喜び、混沌の中から一つの光や生命が生み出されたとき、そのくらいの生命エネルギーを感じます。
あと、向こうのニッチ(壁面をえぐって造られたくぼみ台)に掛かっているものもあります。それも、そうです。コシノ芸術を一言で言えば、宇宙の暗黒の苦悩の中から新しい生命が芽生えるときの喜びや苦悩。そうしたものが、いろいろな作品に散りばめられているのです。
―― なるほど、面白いですね。
執行 いや、凄いですよ。私も去年、コシノ芸術に出会えたことが嬉しかったです。彼女は過去の人ではないので、現実に会ってしゃべれます。このような芸術を生み出す人は、本当に憧れに生きて、本当に自分の魂を燃焼させ、他人とか国のために、持っている命の全部を注ぎ出していることが、しゃべっていて分かりますから。
―― なるほど。
執行 過去の人はたいてい、その書や絵を見て想像するのですが、コシノさんは見て分かる。もう一人、分かるといえば戸嶋(靖昌)です。戸嶋が特に好きでたくさん集めているのは、戸嶋が現に知り合いだったからです。そういう生き方をして、芸術の中にエネルギーを全部注ぎ込んだ。彼の場合は、無一文のまま死んでいきましたが。そういう人生であることを直に知っているので、また燃えるものが多い。
コシノさんは現世的にも成功者です。コシノさんが現世で成功できるのは、やはり育ちです。
―― ああ、育ちですか、やっぱり。
執行 これは戸嶋がどうこうじゃないですが、現世で成功できるかどうかは、本人ではない。親です。
―― やっぱり親ですか。
執行 親ですね。だから戸嶋は素晴らしい人でしたが、戸嶋の両親に会ったことはないのですが、現世で成功できるものを親から譲り受けなかったのだと思います。
―― なるほど。
執行 ところがコシノさんは、今お母さんの話が出ましたが、現世で成功できるような意味の、他人に対する親切とか思いやりといったものをご両親や母親、あるいはきょうだい、親戚といった人たちから受けている。
―― 徳を受けているのですね。
執行 徳ですね。人徳の徳です。言葉で言うのは難しいですが、現世的成功ができるかできないかは、それなのです。戸嶋を「徳がある」と言う人はいません。すごく素晴らしく、鋭くて、芸術的で、頭もいい。だけど怖いイメージなんです。
―― 怖いイメージなのですね。
執行 鋭いのです。だから現世では、お金を稼げなかった。
コシノさんは違いますから。私と会っても、すごく気さくで温かい人です。一言で言えば、温かくて、すごく親切。
―― 確かに、温かくて親切というのは、そうですね。あと、思いやりがある。
執行 思いやりがある。一般に言う「徳」があるのです。
―― 大阪のアメをくれるおばちゃんみたいです。
執行 そういう面がある。それはお母さんから来ている。
―― 確かにそうかもしれません。
●現世で成功するかしないかは「自分」では決まらない
執行 ファッションでは国際的に有名で、フランスでも確かパリコレに出ている。あれほどの日本人で、そういえば、フランスにもアパルトマンを持っていると言っていました。「やっぱりそうか」と思いました。だから、フランスでも成功者です。
そういうものは全部出ます。コシノさんが分...