●スサノオとオルフェイスのつながり
―― さらにいうと、イザナギが穢れを払うということで体を洗い、そこでスサノオやアマテラスなど日本にとって非常に重要な神々が生まれてくるのもドラマチックな点ですね。
鎌田 穢れのあとの清らかさ、闇をくぐり抜けた先の光といったものがアマテラス、ツキヨミ、スサノオという女神、男神の誕生・顕現だったものですから、イザナギはその3人(3柱)の子どもを「三貴子(みはしらのうずのみこ:非常に尊い子ども)が生まれた」と言って特別な扱いをします。このスペシャルチルドレンが、日本における三体構造になるわけです。それぞれが日・月・海の神様になる。つまり、アマテラスは天(高天原)を支配する、ツキヨミは夜の国を支配する、スサノオは海の世界を支配することになって、世界を3つに分治させる。そうして、世界の統治の基本構造がそこで生まれてくるのです。「生」と「死」、そして「生」、と非常にドラマチックに循環的に展開していますね。
ギリシア神話では、そういった世界創造、世界の変容といったものと結びつくわけではなく、オルフェウスとエウリュディケーの悲劇的な物語という形でひとまず終わっています。そして、オルフェウスは非常に悲しみのトラウマ、痛手を背負って、その後、悲嘆の中で生きていきます。オルフェウスは竪琴の名手です。
―― 加えて歌が非常にうまいということですね。
鎌田 そのあたりも、悲しみと歌がどう結びつくかということで、ここがオルフェウスとスサノオでつながるところなのです。
どこがつながるかというと、スサノオは「天の詔琴」という琴を持っています。その所有者なのです。琴を弾いている場面は『古事記』の中では表現されませんが、持ち物として「3つの神宝」があります。
スサノオの(6代あとの)子孫・オオクニヌシノカミ(その当時は「オオナムジ」といわれていました。他にも「アシハラノシコオ」など7つほど名前があり、いろいろな名前で呼ばれていました)が、先祖であるスサノオのもとへやってきます。「兄たちに2回も殺されてしまったので、なんとか助けてほしい」という思いでやってきたそのとき、スサノオは試練をいくつか与えます。オオクニヌシはその試練を乗り越えて、スサノオの娘・スセリビメと一緒に逃げて行きます。
そのときに、スサノオの持ち物を奪って逃げるのですが、スサノオの持ち物として一番大事なのは娘のスセリビメです。それと同様に大事なものが「3つの神宝」。つまり、スサノオが持っているエネルギー、宝物や霊性といったものを全て奪って逃げていくということになるのです。
「3つの神宝」とは、生大刀(いくたち)・生弓矢(いくゆみや)・天の詔琴(あめののりごと)です。逃走中にその琴が木に触れて、ボワーンと大きな音を鳴らしたため、スサノオは目覚めて追いかけて行きます。2人は逃げ、スサノオがあきらめて、「お前はこれからオオクニヌシノカミ、ウツシクニタマノカミと名乗りをあげて、この国を治めなさい」と言祝ぐ場面があります。それは、非常に言霊的な祝福に満ちた場面として展開していきます。
●歌を通して物語を発信する神話の類似性
鎌田 出雲の系統に琴を弾く、そして琴を持って歌を歌うという文化があるのは、オオクニヌシの物語の中に歌がたくさん出てくるからです。それから、『出雲国風土記』の中に琴弾山など「琴」が付く岩や山、丘がいくつも出てきます。そして、吟遊詩人的な歌人、そのような意味合いを持った出雲文化族といったものが、日本の詩(歌)の文化として1つの物語的なイメージを発信していくのです。
―― しかも、スサノオは最初の和歌を歌ったということにもなっていますね。
鎌田 これはあとでまた話しますが、スサノオは怪物ヤマタノオロチという八頭八尾の怪物を退治して、「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠に 八重垣作る その八重垣を」という歌を歌います。それは、助けた相手であるクシナダヒメと結婚して愛の御殿(住まい)を建てる喜びの歌です。そのスサノオは、日本における歌の始祖にも当たり、また歌の始祖が琴を持っているという象徴的な意味があるのです。
それらと、歌の名手・オルフェウスが琴を弾きながら吟遊詩人のようにさすらって歌を歌っていく、あるいはこの世の悲しみ、死生の悲しみを歌い叙事詩的な物語を伝えるという文化的な活動が、とてもよく似ているのです。 オルフェウス神話が、死をめぐるイザナギ、イザナミによる黄泉の国訪問神話と似ていると同時に、歌をめぐるスサノオ神話やオオクニヌシ神話とも相通じてきます。『古事記』の中でイザナギ、イザナミ、スサノオ、オオクニヌシとつながっていく連続した物語が、ギリシアにおいてはオルフェウスという人物を通して、いろいろな接点を持っています。
こう...