●一神教の神と世界の終わり、復活の考え方
―― それでは各宗教の「死」を見ていきます。最初に、キリスト教が「死」をどう考えているかについてお聞きします。
キリスト教は一神教です。日本の伝統や仏教の考え方とはだいぶ違うだろうと思います。ひとことで言うとどういう考え方なのでしょうか。
橋爪 一神教の考え方では、神(God)がいます。Godは永遠の昔からいて、永遠の未来まで、死なないで生きている生命体です。
さて、そのGodがあるとき世界を造りました。それから何年か経過したのが現在です。あとしばらくすると、世界は壊れてしまいます。
―― 壊れてしまうのですか。
橋爪 壊れてしまいます。世界は「被造物」で、神が造ったものはすべて有限です。だから、壊れてなくなってしまいます。
―― 世界そのものが有限ということになるのですね。
橋爪 そうです。その中にいる人間の時間は、もっと短い。神が造ったから生まれたのですが、しばらくすると死んでしまいます。しかし、人間は死ぬのが終わりではありません。そうではなく、世界が終わるとき(終末)に、人間は復活するのです。
―― 復活するわけですか。
橋爪 死んでいたのが、新しい肉体を与えられて、また存在するようになるのです。
●「最後の審判」で裁かれる
―― キリスト教では、イエス・キリストが復活したといいますが、それはひとつの象徴的な事例なのでしょうか。
橋爪 キリスト(イエス)が復活したのは、みんなも復活しますと約束し、保証するため。イエスは新しい肉体をえて、弟子たちのところに現れます。そして、体がある証拠に魚をむしゃむしゃ食べてみせたりして、40日たったところで天に昇って行きました。
今イエスは天にいて、父なる神の隣に座っています。そしてこの世界が終わるときにまたやってきます、大勢の天使を連れて。そのときには、地上にある国々は解散になります。
―― 解散ですか。
橋爪 ええ。日本国も解散します。当然、企業はみんな解散するし、人びとはバラバラの個人になってしまう。それから、死者たちが大勢復活して、出てきます。彼らは順番に並んで、一人ひとり裁かれます。救われたひとは神の国へ、そうでないひとは永遠の炎で焼かれる。どちらかに決まるのです。
日本人は、裁判はいやだな、と思う。でもこれは、人間の特権なのです。終末のとき、世界は滅び、植物も動物も無条件で滅びますが、人間は滅びません。裁判を受けられる。救われた人は永遠に生き続けるのです。
―― そうすると、救われた人だけが救われて、そうでない人は業火に焼かれてなくなってしまうのでしょうか。
橋爪 炎に焼かれながら、永遠に存在します。
―― 焼かれながら存在するのですね。
橋爪 そうです。焼け死ぬことができないまま、永遠に炎で焼かれるのです。
●全てを支配する神の意思
橋爪 そういうわけで、人間に限っていうと、被造物としてつくられたものである以上、見かけ上は死ぬことになるのですが、それは一時的なことであって、やがて復活し、永遠に存在します。これが、キリスト教とイスラム教の一神教に共通する考え方です。
この根底にある考え方をいうと、神は全知全能で、何でもできるわけです。 そして、この世界は、「存在しなさい」という神の意思が実現したものです。
山も川も、実在しなさいと命じられて存在しているのであって、神の意思が実現したものです。植物も動物も人間もそうです。魚などは適当に、水の中に群れていなさいと命じられただけだったので、一匹一匹個別にはつくられていません。バクテリアなどもたぶん同じでしょう。
しかし、人間は、アダムがそうであったように一人ひとり、お前はアダム、お前はエヴァというように、個別に造られています。ジョンがいたり、リチャードがいたりするのは、神の意思なのです。一人ひとりが存在しているのは、すべて神の意思です。
―― そこで、人間には個性があるということになるわけですか。
橋爪 個性があるのは神の意思です。一人ひとりが存在し、違いがあるのは、理由があるのです。ジョンがいるのは、ジョンがいていいから、いるべきだから、それが神の意思だからです。リチャードやメアリーも同じです。
この世界に神の意思に反することは決して起きない。これが一神教の根本的な考え方です。
●生も死も神の思いのまま
橋爪 だから、人間が生まれるのは、神の意思。人間が寿命で死ぬのも、あるいは事故で死んでしまうのも神の意思。復活するのも神の意思。裁かれて、神の王国に行くのも、永遠の炎で焼かれるのも神の意思。神の意思の前では、人間はまったく無力だということになります。
そこで、なんとか神の王国に行けますように、と救いを願う。その反対な...