なぜ山本五十六は真珠湾への「奇襲攻撃」を選択したのか?
戦史に見る意思決定プロセス~日本海軍の決断(2)真珠湾攻撃・山本五十六
当時の日本海軍にとって画期的な作戦だった昭和16(1941)年12月8日の真珠湾奇襲攻撃は、連合艦隊司令長官・山本五十六の卓抜な決断によって可能となったものだった。海上自衛隊幹部学校長・山下万喜氏が、現代の意思...
収録日:2015/07/29
追加日:2015/09/24
東郷平八郎にはあったが、山本五十六に欠けていたもの
本当のことがわかる昭和史《1》誰が東アジアに戦乱を呼び込んだのか(12)ガダルカナルに大和は出撃しなかった
1941年12月、当時世界最大の戦艦である「大和」が就役したが、その居住性は「大和ホテル」と揶揄されるほどすこぶる良好で、連合艦隊司令長官・山本五十六大将は、この大和に乗船してから変節してしまったのではないかと...
収録日:2014/11/17
追加日:2015/08/13
山本五十六は連合艦隊司令長官になって変わってしまった
本当のことがわかる昭和史《1》誰が東アジアに戦乱を呼び込んだのか(10)なぜ大バクチは画竜点睛を欠いたか
1941年12月、海軍内部に不信渦巻く中での決行となった山本五十六連合艦隊司令長官による真珠湾攻撃は、結果として画流点睛を欠くことになった。それはなぜか。上智大学名誉教授・渡部昇一氏によるシリーズ「本当のことが...
収録日:2014/11/17
追加日:2015/08/13