社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
白紙撤回された「ベトナムへの原発輸出」の裏側
ベトナムにも原発輸出の計画があった!
今年3月、東芝が2006年に買収した原発子会社ウェスチングハウス・エレクトリック(WH)が、アメリカの裁判所に破産法第11章の申請を行ったことが明らかになりました。赤字は最大で1兆百億円に膨らむ可能性があるということですが、製造業で1兆円を超える赤字を計上した企業はこれまでにありません。主な要因は、福島第一原発事故を機に安全規制が強化されて、大幅な設計変更が必要となり、それによって建設コストが高騰したためです。WHの経営破綻を受け、東芝はインドや中国、英国で手掛ける原発事業からの撤退することになります。インドでは、WHが計6基の原発を建設することで米国とインドの両政府が合意し、今年6月までに契約する方針でしたが、白紙撤回となるかもしれません。安倍政権は原発輸出を成長戦略の柱に掲げ、昨年11月にはインドと原子力協定を結びました。しかし、今回のWHの経営破綻によって、日本政府も大きな打撃を受けそうです。
こうした状況の中、あまり知られていませんが、実はベトナムにも原発を輸出する計画があったのです。2009年、ベトナムは中部ニントゥアン省の2カ所で合計4基の原発建設計画を承認し、ロシアと日本の受注が決まっていました。
『原発輸出の欺瞞 日本とベトナム、「友好」関係の舞台裏』(伊藤正子・吉井美知子編著、明石書店)によると、日本が建設する予定だった場所のニントゥアン省タイアン村は、ヌイチュア国立公園に隣接しており、タイアン村の沖合には美しいサンゴ礁がみられるそうです。ヌイチュア国立公園の海岸は絶滅危惧種のアオウミガメの産卵地として知られ、ベトナム人向けのエコツーリズムのサイトになっています。タイアン村近辺は過去に8メートルの津波が来たといわれ、原地住民のチャム人の村には「波の神様」が祀られているところもあるそうです。本書は、果たしてこの地が原発建設地として適地なのかと、疑問を投げかけています。
日本とベトナムの原発
海外への原発輸出については、多くの論点をはらんでいます。たとえば、日本人の原発輸出に対する姿勢です。朝日新聞によると、2014年3月に実施された世論調査では原発を段階的に減らし将来にはやめる「脱原発」に77%が賛成していました。それに対して、原発輸出についてはほとんど無関心でした。また、原発輸出に対する考え方は原発事故後の政府の動きからも分かります。原発輸出は、事故後に脱原発に転じた菅首相のもと、いったんストップしました。ところが、野田政権になると一転、輸出計画を継続する方針を決定します。実はここにアメリカの影が潜んでいることを、先述した同書は指摘しています。
日本の原発輸出の変遷を見てみると、当初はゼネラル・エレクトリック(GE)と破綻したWH等の米国企業の傘下で、日本は部品の輸出を行っていました。それが21世紀に入って、ブッシュ政権のもと、アメリカ国内に新規建設を目指すアメリカの思惑と、日本国内での新規建設が難しくなり海外に活路を開きたい日本の産業界の思惑が一致し、フルパッケージでの原発輸出が推進されるようになったのです。この輸出政策は、原発ゼロを掲げた民主党政権でも止めることができませんでした。
ベトナム、原発建設白紙撤回
同書は、たくさんの論点が提示されているほか、現地のベトナム人の詩人や学者の声も掲載されており、ベトナムへの原発輸出を防ぎたいという切なる思いから、2015年2月に出版されました。それから1年と半年以6上たった2016年11月22日、ベトナムの国会は日本とロシアが受注した南東部ニントゥアン省の原発建設計画を白紙撤回する政府案を、90%を超す賛成多数で承認しました。その理由として、マイ・ティエン・ズン官房長官は「いかなる技術的な内容によるものでもない」と経済上の理由であることを強調しました。今後は、再生可能エネルギーによる電力開発に注力するとみられます。この政策転換には少なからず本書の出版や著者たちの活動が関わっています。時を経て、同書の願いが届いたのです。『原発輸出の欺瞞 日本とベトナム、「友好」関係の舞台裏』は、ペンの力、言論の力、そして本というものの力をあらためて感じさせてくれる稀有な一冊といえるでしょう。
<参考文献>
『原発輸出の欺瞞 日本とベトナム、「友好」関係の舞台裏』(伊藤正子・吉井美知子編著、明石書店)
http://www.akashi.co.jp/book/b193796.html
<関連サイト>
伊藤正子研究室
https://www.asafas.kyoto-u.ac.jp/ito/n-power.html
<関連記事>
・東京新聞:東芝赤字1兆100億円 米原発子会社が破綻
http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201703/CK2017033002000137.html
・SankeiBiz:ベトナム、原発建設白紙撤回 再生エネ電力開発に注力か
http://www.sankeibiz.jp/macro/news/161216/mcb1612160500003-n1.htm
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。
『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ
「宇宙の創生」の仕組みと宇宙物理学の歴史(1)宇宙の階層構造
宇宙とは何かを考えるうえで中国の古典である『荘子』・『淮南子(えなんじ)』に由来する「宇宙」という言葉が意味から考えてみたい。続いて、地球から始まり、太陽系、天の川銀河(銀河系)、局所銀河群、超銀河団、そして大...
収録日:2020/08/25
追加日:2020/12/13
図書館の便利な活用法…全国の図書館からの「お取り寄せ」
歴史の探り方、活かし方(2)図書館「レファレンス」の活用
公共図書館では質の高い「レファレンス」サービスを提供しているが、活用する人は限られている。だが、実は全国の図書館ネットワークを縦横無尽に活用できる、驚くほどに便利な仕組みなのだ。今回は図書館のレファレンスで何が...
収録日:2025/04/26
追加日:2025/11/15
知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」
何回説明しても伝わらない問題と認知科学(3)認知バイアスとの正しい向き合い方
人間がこの世界を生きていく上で、バイアスは避けられない。しかし、そこに居直って自分を過大評価してしまうと、それは傲慢になる。よって、どんな仕事においてももっとも大切なことは「謙虚さ」だと言う今井氏。ただそれは、...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/16
脳内の量子的効果――ペンローズ=ハメロフ仮説とは
エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(2)量子論と空海密教の本質
「ワット・ビット連携」の概念がある。これは神経と血管の関係にも似ており、両者が密接に関係するところから、それをもとに人間の本質について考察していくことになる。また、中村天風の思想から着想を得て、人間の心には霊性...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/13
なぜ伝わらない?理解の壁の正体を今井むつみ先生に学ぶ
編集部ラジオ2025(27)なぜ何回説明しても伝わらない?
「何回説明しても伝わらない」「こちらの意図とまったく違うように理解されてしまった」……。そんなことは、日常茶飯事です。しかしだからといって、相手を責めるのは大間違いでは? いやむしろ、わが身を振り返って考えないと...
収録日:2025/10/17
追加日:2025/11/13


