社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.06.24

昭和初期に渡部昇一氏が熱狂した「空の勇士」

 2017年4月17日に亡くなられた渡部昇一氏は、専門の英語学はもとより、歴史論や社会評論で有名な論客です。1970年代半ばに記された『知的生活の方法』はベストセラーを超えて、40年後の現在も読み継がれるロングセラーとなっています。

「比較的正確なことをいう講談師」としての昭和史語り

 そんな渡部昇一氏の後半生のライフワークの一つが、近現代史を語ることでした。昭和5年生まれの氏は、昭和という時代を見聞きして育った経験から、ご自身を「比較的正確なことをいう講談師」と位置づけています。歴史は一つの事件によって動くわけではなく、人間の営為の積み重ねがつくりあげるもの。時代をつくった人々による群像劇のような「昭和史」こそが、些細な史実へのこだわりよりも重要だと考えていたのです。

ソ連崩壊まで隠蔽されていたノモンハンの事実

 例えば、渡部氏は「歴史の見方が大きく変わる事例」として、ノモンハン事件を紹介しています。

 この事件は1939(昭和14)年にモンゴルと満州国の国境紛争を発端に起きた争いで、事実上はそれぞれを支配下に置くソ連と日本がぶつかった「戦争」でした。実際、ロシアとモンゴルでは「ハルハ河の会戦」として知られています。10万の人員、1000もの装甲車両及び軍用機が、4カ月のあいだ激烈な戦闘に投入されたのです。

 戦闘の死傷者は、ソ連側1万人弱に対して、日本側はおよそ1万8千から9千と言われ、「日本が日露戦争の頃のままの武器で、最新鋭のソ連の機械化部隊と戦った」無謀さが引き起こした一方的な惨敗という評価が定着していました。

 ところがソ連崩壊後、それまで伏せられていたソ連側の情報が明らかにされ、日本の歴史家や研究者を震撼させることになります。ソ連側の死傷者は約2万5千人と日本より多かったというのです。勝敗は変わらないにせよ、関東軍が暴走して無謀な進撃に駆り立てたというイメージからはかけ離れてきます。

少年たちが熱狂した「荒鷲」と「空の勇士」たち

 当時9歳だった渡部氏ら少年にとっての英雄は、戦闘機乗りの篠原弘道少尉。日本陸軍のトップ・エースの一人として活躍し、撃墜マークとして愛機の操縦席側面に赤い星を描いたと伝えられます。彼の生涯総撃墜数58機は、すべてこの会戦で達成され、同僚たちとともに「ホロンバイルの荒鷲」と名を馳せましたが、自らも8月27日に戦死しています。停戦の合意が下されたのは、それから3週間経たない9月15日のことでした。

 ホロンバイル草原で勇戦した陸軍航空部隊を讃えるため、読売新聞社は陸軍省後援の元、「空の勇士を讃へる歌」を公募。西条八十と北原白秋の選定で発売されたのが『空の勇士』という軍歌でした。渡部氏は、歌詞の5番にある「無敵の翼とこしえに 守るアジアに栄あれ」のフレーズが、特に当時の気分を象徴していると語ります。

「戦前は暗い時代ではなかった」証言をナマで聞こう

 実際、昭和初期の戦闘機に対する熱いまなざしは、現代の少年がAI搭載ロボットを見守るのに近かったかもしれません。2013年に公開された宮崎駿監督のアニメ映画『風立ちぬ』では、当時、時代の花形であった戦闘機設計者としての堀越二郎の半生をモデルに、「夢を形にする」ことの難しさが描かれました。

 「戦前は決して暗い時代ではなかった」とはよく言われることですが、実際にどのような時代であったのか。戦時下を多感な少年として過ごした渡部氏の世代のナマの声はできる限り聴いておきたいものです。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

日本でも中国でもない…ラストベルトをつくった張本人は?

日本でも中国でもない…ラストベルトをつくった張本人は?

内側から見たアメリカと日本(1)ラストベルトをつくったのは誰か

アメリカは一体どうなってしまったのか。今後どうなるのか。重要な同盟国として緊密な関係を結んできた日本にとって、避けては通れない問題である。このシリーズ講義では、ほぼ1世紀にわたるアメリカ近現代史の中で大きな結節点...
収録日:2025/09/02
追加日:2025/11/10
2

近代医学はもはや賞味期限…日本が担うべき新しい医療へ

近代医学はもはや賞味期限…日本が担うべき新しい医療へ

エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(3)医療の大転換と日本の可能性

ますます進む高齢化社会において医療を根本的に転換する必要があると言う長谷川氏。高齢者を支援する医療はもちろん、悪い箇所を見つけて除去・修理する近代医学から統合医療への転換が求められる中、今後世界の医学をリードす...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/19
3

知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」

知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」

何回説明しても伝わらない問題と認知科学(3)認知バイアスとの正しい向き合い方

人間がこの世界を生きていく上で、バイアスは避けられない。しかし、そこに居直って自分を過大評価してしまうと、それは傲慢になる。よって、どんな仕事においてももっとも大切なことは「謙虚さ」だと言う今井氏。ただそれは、...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/16
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
4

「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ

「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ

「宇宙の創生」の仕組みと宇宙物理学の歴史(1)宇宙の階層構造

宇宙とは何かを考えるうえで中国の古典である『荘子』・『淮南子(えなんじ)』に由来する「宇宙」という言葉が意味から考えてみたい。続いて、地球から始まり、太陽系、天の川銀河(銀河系)、局所銀河群、超銀河団、そして大...
収録日:2020/08/25
追加日:2020/12/13
岡朋治
慶應義塾大学理工学部物理学科教授
5

宇宙の理法――松下幸之助からの命題が50年後に解けた理由

宇宙の理法――松下幸之助からの命題が50年後に解けた理由

徳と仏教の人生論(1)経営者の条件と50年間悩み続けた命題

半世紀ほど前、松下幸之助に経営者の条件について尋ねた田口氏は、「運と徳」、そして「人間の把握」と「宇宙の理法」という命題を受けた。その後50年間、その本質を東洋思想の観点から探究し続けてきた。その中で後藤新平の思...
収録日:2025/05/21
追加日:2025/10/24