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DATE/ 2017.09.30

「西高東低」にあえぐ医療費、削減への切り札は?

 医療改革は2017年現在、待ったなしの状況を迎えています。少子高齢化の進展により急増し続ける医療費が日本の財政を圧迫する懸念があるのは事実だからです。しかし、日本の総医療費(対GDP比)がOECD諸国の中で突出して高いわけではない、と学習院大学国際社会学部の伊藤元重氏は冷静に観察しています。現状をしっかり見据え、仕組みと方法を手当てすれば、医療費抑制は案外スムーズなはずだというのです。

都道府県の「西高東低」は、なぜ起きた?

 医療費は複雑な仕組みなので、その適正化については様々な軸が考えられます。一つの切り口として伊藤氏が提示しているのが「都道府県格差」の問題です。

 ご存じの方もいるでしょうが、後期高齢者に限った医療費を都道府県別に比較すると、最も多い県とそれほど多くない県では1.4倍ぐらいの差があるといわれています。比較的低いのが長野県や静岡県、逆に高いのは高知県や福岡県といったところです。この現象を、厚労省は冬のお天気になぞらえて「西高東低」と呼んでいます。

 全国の医療費を一律に削るのではなく、高い県の支出を低い県並みに抑えることができれば、日本全体として2兆円を超える医療費削減が見込めると政府は試算しています。実現するのは難しい課題ですが、なぜ「西高東低」現象が起こっているのか、分析していく必要があります。

ベッドと保険で、供給としくみを見直す

 「西高東低」を起こす原因の一つに「ベッド数」があるのではないかとの分析も出ています。一般に、急性の病気で入院すると、比較的短期に治療が行われ、その後のリハビリ期間あるいは慢性期間に入っていきます。各病院では、その3期に分けて病床を準備していますが、運用方法が西と東で違うのではないかという議論です。

 例えば急性期用のベッド数を少し減らせば、もっと多くのリハビリ・慢性病床が確保できる。そのような供給体制の見直しも、医療改革の観点からは重要です。

 また、医療費の地域格差は都道府県レベルで起きている現象ですから、対応も都道府県で行う必要があります。現状、国民健康保険の保険者が市町村であることは、痛しかゆしといっても過言ではなさそうで、都道府県単位に集約しようとする動きが始まっています。

「西高東低」には「ヤードスティック競争」が効果あり?

 病院へ行くと、診察や検査で待たされる以上に、会計で待たされる時間が惜しくなります。医療費の計算は保険の点数と直結しているため、細分化されていて、厳密に運用されているからです。

 全国一律の「聖域」ともいえるこの計算方法に「ヤードスティック競争」を取り入れてはどうか、というのが、伊藤氏が紹介する新しい手法です。

 ヤードスティックは、地域独占などで市場競争にさらされていなかった公益事業に対して、競争原理を擬似的に持ち込むために導入された規制手法の一つ。近年では電力料金の自由化が功を奏し、光熱費に頭を痛める割合が少なくなった家庭も多いのではないでしょうか。

 医療費の地域格差を是正するために、事業者同士が競争を行う。これなら利用者(患者)への不利益はありません。今後見守っていきたいテーマです。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
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