テンミニッツTV|有識者による1話10分のオンライン講義
ログイン 会員登録 テンミニッツTVとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツTV』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.11.16

イスラム教の預言者:ムハンマドはどんな人物か

 日本人にとってまだまだなじみの薄いイスラム。その一番の分かりにくさは、彼らが政教一致の生活を送っていることに対する実感のなさかもしれません。彼らが信仰と日常生活、そして政治の拠り所とする「ウンマ」はいかにして編み出されていったのか。ムハンマドを知る第一歩として、中東・イスラム研究の第一人者である歴史学者・山内昌之氏の解説に触れてみましょう。

宗教リーダー、ムハンマドの別の顔とは

 ムハンマドは、宗教リーダーとして、イエスやモーセ、ブッダなどと並べられる人物ですが、教祖ではありません。神の啓示を受けた預言者として、信仰・政治・社会が一体となった共同体「ウンマ」を築き上げた人物です。

 彼が神に啓示を受けたのは7世紀のアラビア半島のメッカでしたが、評判が高まり、信仰が広まるにつれ迫害を受けるようになるのは世の常。やがて「ヒジュラ(聖遷)」としてメディナに移動した彼を中心に、唯一神アッラーへの信仰が、「クルアーン」によってさらに固まり広がっていきます。

 それは、彼が信仰によって人々を精神的に支えただけでなく、「ウンマ」という共同体全体を経営し、人々を導いていったからです。具体的には彼らを迫害したメッカのクライシュ族のような外敵から人々を防衛し、内部で起こる窃盗や姦通、遺産相続などのもめごとに対処できる法律を定めました。宗教と世俗の両方にまたがって人々を率いた彼は、統治、軍事、立法、司法、行政、外交、教育、文化など、多彩な面で才能を開花させた人物なのだと山内氏は解説します。

社会的弱者を守るため、名指された預言者

 アラビア半島はアジアとアフリカをつなぐ地理的条件により、紀元前の昔から交易の舞台として機能していました。ムハンマドが生まれた6世紀後半、すでにメッカやメディナは商業的に発展し、多くの不正が蔓延する土地となっていたと言います。社会正義は実現されず、部族間の不和や武力衝突によって小さな戦争が日常化するなか、寄る辺ない寡婦や孤児、今でいう社会的弱者ばかりが増えていく有り様を想像してみてください。

 ムハンマドは、こうした不公正や不正義に対して立ち上がり、異議を申し立てただけでなく、社会的矛盾から弱者を守り、問題解決することに全力を尽くしました。あるいは、そのための人間として神から啓示を受けたのが「預言者」という存在だったといえるかもしれません。

 預言者としての権威を確立したムハンマドが最優先したのは、社会の法を新しく制定しつつ、個別の事件に裁定を下していく作業でした。天から降ってくる啓示を実際の世の中であまねく施行するために、彼は法の番人となったわけです。

ムハンマドが分かれば、イスラムも分かる?

 このように考えると、共同体の中での問題処理がムハンマドに一点集中し、その裁定以外に解決がありえなかった事情が分かってきます。ウンマはそれほどまでに、信仰と政治が一体化した共同体として育まれていったのです。

 共同体ウンマを外敵から守るのが、ムハンマドの「番人」としての軍事的側面でした。もともと富裕な商人の一家に生まれた彼は軍事の素人ですが、最高指導者として卓越した才能を発揮しました。

 現在のイスラム過激派組織ISなどはムハンマドの軍事的な側面を強調し、異教徒への侵略や処刑を繰り返す自分たちを正当化しようとしています。しかし、ムハンマドはあくまでも外敵に対して「番人」として立ちふさがったのであったことを忘れてはなりません。

 一方では、ムハンマドの人間的な柔軟性を見て、イスラムを平和の宗教と考える人もいます。ムハンマドの多面的な才能と多元的な役割をどんな角度からとらえるかによって、「イスラムとは何か」という問題に対する解釈が変わってくるようだと山内氏は語っています。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
「学ぶことが楽しい」方には 『テンミニッツTV』 がオススメです。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,100本以上。 『テンミニッツTV』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

歴史における「運」とは?ソクラテスの「運」から考える

歴史における「運」とは?ソクラテスの「運」から考える

運と歴史~人は運で決まるか(1)ソクラテスが見舞われた「運」

歴史における「運」とはどういうものだろうか。例えば、富裕と貧困という問題について、「運」で決まるのか、あるいは「運」とは異なる努力、教養、道徳などの要素で決まるのかという点でも、思想家たちの考え方は分かれる。第1...
収録日:2024/03/06
追加日:2024/04/18
山内昌之
東京大学名誉教授
2

多神教の日本と民主主義…議論の強化と予備選挙の導入を

多神教の日本と民主主義…議論の強化と予備選挙の導入を

民主主義の本質(4)日本の民主主義をいかに強化するか

民主主義の発展において、キリスト教のような一神教的な宗教の営みがその礎にあった。では、そうした宗教的背景をもたない日本で、民主主義を育てるにはどうしたらいいのか。人数が多ければ正しいというのは「ポピュリズム」の...
収録日:2024/02/05
追加日:2024/04/16
橋爪大三郎
社会学者
3

急成長するインドネシアとトルコ、その理由と歴史的背景

急成長するインドネシアとトルコ、その理由と歴史的背景

グローバル・サウスは世界をどう変えるか(3)インドネシアの成長とトルコの外交力

グローバル・サウスの中でも高度経済成長を遂げているのがインドネシアだ。長期のスカルノ時代とスハルト時代を経てその後に民主化が進んだ、東南アジアで最大のイスラム教国である。また、トルコは多国間に接する地理的特性と...
収録日:2024/02/14
追加日:2024/04/17
島田晴雄
慶應義塾大学名誉教授
4

ロシアによるウクライナ侵略で国際政治はどう変わったのか

ロシアによるウクライナ侵略で国際政治はどう変わったのか

ウクライナ侵略で一変した国際政治(1)歴史的経緯とNATOの存在

ロシアによるウクライナ侵略によって、国際政治は一変したといわれる。だが、具体的には何がどう変化したのか。この問題について大事なのは、両国のみならずヨーロッパとロシア、さらにアメリカも含めた各国の関係、その歴史的...
収録日:2022/05/10
追加日:2022/05/27
小原雅博
東京大学名誉教授
5

なぜ今「心理的安全性」なのか、注目を集める背景に迫る

なぜ今「心理的安全性」なのか、注目を集める背景に迫る

チームパフォーマンスを高める心理的安全性(1)心理的安全性が注目される理由

「心理的安全性」は近年もっとも注目されるビジネスバズワードの一つともいわれている。その背景には、コロナ禍におけるリモートワークの増大、社会全体が未来予測の難しい「VUCAの時代」に入ったことがある。職場環境が多様に...
収録日:2022/04/26
追加日:2022/07/23
青島未佳
一般社団法人チーム力開発研究所 理事