社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2017.11.24

日本企業は成果主義を捨てるべきなのか?

 日本の多くの企業が成果主義を取り入れています。その成果主義とは、アメリカ流のレイティングシステム(年度末に実施する、ABCといった社員のランク付け「レイティング」と、年度単位での社員の評価のこと)です。

 ところが、当のアメリカが今やそのシステムを捨て去ろうとしているのだそうです。成果主義に対する疑問は国内からも噴出しています。

 そうした潮流の中、日本はこのまま成果主義を続けていくのか。そもそも成果主義は正しいのか。「人事評価」の実態に迫ります。

レイティングシステムの3つの問題点

 日本の成果主義がアメリカのレイティングシステムの受け売りであることは冒頭で述べました。

 このレイティングの問題点について、『人事評価はもういらない 成果主義人事の限界』の著者・松丘啓司氏が、「エン・ジャパン」のインタビュー記事でレイティングの問題点を3点あげています。

・心理的安全が得られない
・評価エラーの問題
・会社の大多数を占める中間層のモチベーションを下げる

 それぞれの問題点をもう少し詳しく検証してみましょう。

成果主義を変革する「ノーレイティング」の本質

 1点目の「心理的安全が得られない」ことについては、グーグルで成功しているチームの持つ特性を分析したところ、心理的安全が最も重要な要因であることが判明しているのだそうです。失敗をしたり、間違ったりすることで、評価が下げられると思うと萎縮をしてしまい、高いパフォーマンスが期待できなくなります。

 2点目の「評価エラーの問題」については、これからの時代は専門性の高い、尖った人材の必要性が高まっていますが、社内のモノサシで測ると、そういった人材がC評価などになってしまうということも頻繁に起こり、また、会社の画一的な指標では多様な人材を正確に評価することは難しくなってきていると述べています。

 3点目の「会社の大多数を占める中間層のモチベーションを下げる」という点については、例えば、A~Eの5段階で評価をした場合、ほとんどがBやCに固まることになり、BやCをつけられた人はモチベーションが上がることはほぼありませんと指摘しています。

 そのうえで松丘氏は、ランク付けを廃止する「ノーレイティング」を掲げています。「ノーレイティング」の本質は、一言で言うと、「これまで以上にフィードバックや対話を増やし、人と組織のパフォーマンスを最大化すること」にあります。

日本企業はそのまま追随しなくていい

 「ノーレイティング」は、アメリカではすでに「ギャップ」「アドビシステムズ」「マイクロソフト」「GE」「アクセンチュア」など名だたる企業もすでに導入しており、今後も拡大していく傾向とのことです。

 ただし、日本企業が手放しにこれに追随していくことに対してはさまざまな意見があります。機関誌「Works」(リクルートワークス研究所)において、一橋大学大学院商学研究科教授の守島基博氏は「日本企業はそのまま追随しなくていい」と主張しています。

 守島氏は、そもそも日本企業において、周囲から「優秀な上司」と思われている人たちは、「上司と部下がしっかり対話する」という、いまアメリカが取り組もうとしていることを、当然のようにやってきたと指摘。だからこそ、「米国企業の“序列化をやめる”という動きに追随するというよりは、本質的な目的を突き詰め、これまで優秀な上司たちがやってきたことを肯定し、あらためて組織全体に展開することこそ重要だと思います」と述べています。

 現行の成果主義は、大きな限界が示されている以上、日本企業もこのまま続けていくことはなさそうです。では、どのように変革されていくのか。守島氏の「目的を突き詰め」という指摘は非常に重要で、かつての「成果主義」導入と同じような過ちを犯さないためには、目的なき追随は避けるべきでしょう。

<参考サイト>
・『人事評価はもういらない 成果主義人事の限界』(松丘啓司著、ファーストプレス)
・エンジャパン:人事評価はもういらない!?
https://corp.en-japan.com/success/3434.html
・機関誌「Works」(リクルートワークス研究所)
https://www.works-i.com/pdf/w_138.pdf
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
物知りもいいけど知的な教養人も“あり”だと思います。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,600本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」

知ってるつもり、過大評価…バイアス解決の鍵は「謙虚さ」

何回説明しても伝わらない問題と認知科学(3)認知バイアスとの正しい向き合い方

人間がこの世界を生きていく上で、バイアスは避けられない。しかし、そこに居直って自分を過大評価してしまうと、それは傲慢になる。よって、どんな仕事においてももっとも大切なことは「謙虚さ」だと言う今井氏。ただそれは、...
収録日:2025/05/12
追加日:2025/11/16
今井むつみ
一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授
2

「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ

「宇宙の階層構造」誕生の謎に迫るのが宇宙物理学のテーマ

「宇宙の創生」の仕組みと宇宙物理学の歴史(1)宇宙の階層構造

宇宙とは何かを考えるうえで中国の古典である『荘子』・『淮南子(えなんじ)』に由来する「宇宙」という言葉が意味から考えてみたい。続いて、地球から始まり、太陽系、天の川銀河(銀河系)、局所銀河群、超銀河団、そして大...
収録日:2020/08/25
追加日:2020/12/13
岡朋治
慶應義塾大学理工学部物理学科教授
3

「50億人を救う」と宣言したゲイツとの粋なエピソード

「50億人を救う」と宣言したゲイツとの粋なエピソード

内側から見たアメリカと日本(3)ビル・ゲイツの世界戦略

ラストベルトはアメリカの経営者により生まれたが、それは決して攻撃ではなく、合理的な経営判断による必然的なりゆきだった。その一例として島田氏は、マイクロソフトのビル・ゲイツ氏が中国でスピーチした光景を思い出す。世...
収録日:2025/09/02
追加日:2025/11/17
4

脳内の量子的効果――ペンローズ=ハメロフ仮説とは

脳内の量子的効果――ペンローズ=ハメロフ仮説とは

エネルギーと医学から考える空海が拓く未来(2)量子論と空海密教の本質

「ワット・ビット連携」の概念がある。これは神経と血管の関係にも似ており、両者が密接に関係するところから、それをもとに人間の本質について考察していくことになる。また、中村天風の思想から着想を得て、人間の心には霊性...
収録日:2025/03/03
追加日:2025/11/13
5

図書館の便利な活用法…全国の図書館からの「お取り寄せ」

図書館の便利な活用法…全国の図書館からの「お取り寄せ」

歴史の探り方、活かし方(2)図書館「レファレンス」の活用

公共図書館では質の高い「レファレンス」サービスを提供しているが、活用する人は限られている。だが、実は全国の図書館ネットワークを縦横無尽に活用できる、驚くほどに便利な仕組みなのだ。今回は図書館のレファレンスで何が...
収録日:2025/04/26
追加日:2025/11/15