テンミニッツ・アカデミー|有識者による1話10分のオンライン講義
会員登録 テンミニッツ・アカデミーとは
社会人向け教養サービス 『テンミニッツ・アカデミー』 が、巷の様々な豆知識や真実を無料でお届けしているコラムコーナーです。
DATE/ 2018.02.07

イタリアでテロ事件が起きていない理由

 世界各国で発生しているテロ事件。とくにアメリカや、ヨーロッパ各国で起こる大規模テロは、日本でも頻繁にニュースになっています。とくにヨーロッパではシリアの難民問題をはじめ、複雑な事情が絡み合い、テロのリスクが上昇しています。

 外務英連邦省の2016年の発表によれば、イギリス、フランス、スペイン、ベルギー、ドイツ、トルコ、ロシアは、欧州のなかでもテロ発生率の高い国とされています。これらは、日本からもたくさんの旅行客が赴く国々です。

 しかし、欧州の主要国の名前が並ぶなかで、イタリアの名前が入っていないことにお気づきでしょうか。イタリアは世界的にも経済大国として認められており、主要国首脳会議(G7)にも参加している存在感のある国のはず……。にもかかわらず、これといった大規模テロはいまだに発生していません。なぜなのでしょうか?

イタリア人の国民性が一役かっている?

 そもそもテロはどうして起こるのかを考えることが大事です。テロリズムの動機となるのは、「日常生活で不満に感じること」の蓄積です。宗教問題、民族問題を抱えている地域や、先進国による介入によって民族が分断された地域では、不平等な扱いや差別の対象となる人が増え、「日常生活に不満」を感じるようになります。それは、民族のアイデンティティを否定されたり、人権を侵害されるような辛いものです。その結果、テロという行動に至るといわれています。

 イタリアでテロ事件が少ない理由には、この「不満」を抱えている人が少ないということが理由としてあげられます。ヨーロッパの多くはキリスト教国家です。ムスリムは異邦人として扱われ、仕事に就くことが難しい現状があります。宗教・人種の違いによって仕事に就けないことが貧困に繋がり、不満となります。ところが、イタリアのムスリム失業率は他国に比べて低いのです。イタリアの移民受け入れ率の高さから見ても、イタリアのムスリムは職にありついています。

 これはイタリア人の国民性が関わっているのではないかという論調がありました。世界から見ても8位の経済大国でありながら、イタリア人は働くことが好きではない民族です。イタリア人の信条は、「食べて、歌って、恋をする」。イタリア人の国民性をよく表した言葉ですが、人生を謳歌したいイタリア人にとって労働の優先順位は低く、他人が代わってくれるに越したことはない。その結果、ムスリム系の移民でも職にありつけるという現状に繋がっているというのです。

徹底したテロ対策を行っているイタリア

 とはいえ、テロの目的のひとつは世界中に恐怖を感じさせること。イタリアの首都はローマですが、ローマにはヴァチカン市国という世界一小さな国があり、カトリックの総本山として有名です。ここにはキリスト教徒だけでなく、世界中から多くの観光客が訪れます。ISをはじめ、イスラム系のテロ組織が事件を起こすなら恰好の場所のように思いますが、少なくともローマ市内でテロは未発生です。

 ローマのある南イタリアでは、イタリアマフィアの勢力がいまだに強く、テロ組織は彼らの存在感に勝てないのだとまことしやかにいわれています。映画『ゴッドファーザー』好きなら、少し胸の熱くなるような思いがしますが、実はイタリアには優秀な諜報機関が存在しています。

 イタリアではイギリスなどと異なり、必要となればさまざまな情報を傍受でき、個人のメール、通話、動画、印刷物などなど、徹底したテロ対策が可能なのです。危険マークのついた人物はすぐに調査の対象となり、テロ事件を未遂で防いでいます。この点において、イタリアはほかのヨーロッパ諸国と比べても厳しい対応をしているのです。

報復の対象になりづらい国

 また、歴史の観点からも、イタリアは標的になりづらいといわれます。第二次世界大戦後、中東、北アフリカなどでは混乱が続きました。多くのムスリムが、アメリカやフランス、イギリスなど、キリスト教国家の攻撃や占領を受けています。その際に被った被害や、家族や親類、同朋を失った悲しみもテロの動機となっているのです。

 その点で、イタリアはこうした紛争などにほとんど関与していません。復讐の対象としてはトップにならないのです。日本でイスラム原理主義系のテロが未発生なのも、同様の理由があげられるといわれています。

 一方でイタリアはテロリストの侵入ルートになっていることが指摘されています。その拠点に攻撃をすると規制が厳しくなるため、執拗にイタリアを狙うことはないというのです。

それでもゼロとは言えないテロの危険

 現在テロのリスクが少ないといわれている国でも、誰がどこでテロリズムに手を染めてもおかしくない時代です。ある日突然テロに巻き込まれることもないとはいえず、これから先、気軽に海外に渡航できるような時代は少しずつ遠のいていくのかもしれません。しかし、それはあまりにも悲しいことです。

「食べて、歌って、恋をする」。イタリア人ならずとも、人は望んで過酷で悲しい人生を歩みたいとは思いません。ヴァチカンに埋葬されたマザー・テレサは、「世界平和を望むなら、自分の家族を愛するところからはじめましょう」といいました。この言葉もひとつの真理のように思います。どうしようもない大きな憂いに気持ちが沈むこともありますが、ときには視線を近くに戻して、身近な人を笑顔にすることが、世界を少しでもよい方向に近づける一歩になるのかもしれませんね。
~最後までコラムを読んでくれた方へ~
より深い大人の教養が身に付く 『テンミニッツTV』 をオススメします。
明日すぐには使えないかもしれないけど、10年後も役に立つ“大人の教養”を 5,500本以上。 『テンミニッツ・アカデミー』 で人気の教養講義をご紹介します。
1

ヒトは共同保育の動物――生物学からみた子育ての基礎知識

ヒトは共同保育の動物――生物学からみた子育ての基礎知識

ヒトは共同保育~生物学から考える子育て(1)動物の配偶と子育てシステム

「ヒトは共同保育の動物だ」――核家族化が進み、子育ては両親あるいは母親が行うものだという認識が広がった現代社会で長谷川氏が提言するのは、ヒトという動物本来の子育て方法である「共同保育」について生物学的見地から見直...
収録日:2025/03/17
追加日:2025/08/31
長谷川眞理子
日本芸術文化振興会理事長 元総合研究大学院大学長
2

日本の弾道ミサイル開発禁止!?米ソとは異なる宇宙開拓の道

日本の弾道ミサイル開発禁止!?米ソとは異なる宇宙開拓の道

未来を知るための宇宙開発の歴史(7)米ソとは異なる日本の宇宙開発

日本は第二次大戦後に軍事飛行等の技術開発が止められていたため、宇宙開発において米ソとは全く違う道を歩むことになる。日本の宇宙開発はどのように技術を培い、発展していったのか。その独自の宇宙開拓の過程を解説する。(...
収録日:2024/11/14
追加日:2025/09/02
川口淳一郎
宇宙工学者 工学博士
3

天平期の天然痘で国民の3割が死亡?…大仏と崩れる律令制

天平期の天然痘で国民の3割が死亡?…大仏と崩れる律令制

「集権と分権」から考える日本の核心(3)中央集権と六国史の時代の終焉

現代流にいうと地政学的な危機感が日本を中央集権国家にしたわけだが、疫学的な危機によって、それは早い終焉を迎えた。一説によると、天平期の天然痘大流行で3割もの人口が減少したことも影響している。防人も班田収授も成り行...
収録日:2025/06/14
追加日:2025/09/01
片山杜秀
慶應義塾大学法学部教授 音楽評論家
4

世界は数学と音楽でできている…歴史が物語る密接な関係

世界は数学と音楽でできている…歴史が物語る密接な関係

数学と音楽の不思議な関係(1)だれもがみんな数学者で音楽家

数学も音楽も生きていることそのもの。そこに正解はなく、だれもがみんな数学者で音楽家である。これが中島さち子氏の持論だが、この考え方には古代ギリシア以来、西洋で発達したリベラルアーツが投影されている。この信念に基...
収録日:2025/04/16
追加日:2025/08/28
中島さち子
ジャズピアニスト 数学研究者 STEAM 教育者 メディアアーティスト
5

自由な多民族をモンゴルに統一したチンギス・ハーンの魅力

自由な多民族をモンゴルに統一したチンギス・ハーンの魅力

モンゴル帝国の世界史(2)チンギス・ハーンのカリスマ性

なぜモンゴルがあれほど大きな帝国を築くことができたのか。小さな部族出身のチンギス・ハーンは遊牧民の部族長たちに推されて、1206年にモンゴル帝国を建国する。その理由としていえるのは、チンギス・ハーンの圧倒的なカリス...
収録日:2022/10/05
追加日:2023/01/07
宮脇淳子
公益財団法人東洋文庫研究員