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DATE/ 2018.05.20

睡眠不足が引き起こす「睡眠負債」というリスク

 「休む」ということが苦手な日本人。日中は仕事に明け暮れ、帰宅後の時間は趣味などにあて、睡眠時間をちょっと削って帳尻を合わせるという人も少なくありません。しかしこの“ちょっと”削った睡眠が、少しずつ体に蓄積され、健康に悪影響を与えているといいます。

 今回は、日本人が知らず知らずのうちにため込んでいる「睡眠負債」についてのお話です。

6時間睡眠で低下していく脳の機能

 みなさんは1日にどれだけの睡眠時間を確保していますか?経済協力開発機構(OECD)が2014年に行った調査によると、日本人の1日の平均睡眠時間は7時間43分。調査を行った29か国中、日本はお隣の韓国に次いで2番目の短さでした。睡眠時間が最も長かったのは、南アフリカで9時間13分。日本の次に睡眠時間が短かったイギリスでも、8時間4分と、8時間を切っているのは日本と韓国だけでした。

 睡眠時間なんて7時間あれば大丈夫。6時間、5時間でも、日常生活に支障がないと考えている方も多いかもしれません。しかし、米ペンシルバニア大学などの研究チームが行った実験では、次のような結果が出ました。

 実験は徹夜を行ったグループと、6時間睡眠のグループに分け、脳の働きを計測するというもの。いわずもがなですが、徹夜グループの脳の働きは低下しています。しかし6時間睡眠のグループも、計測開始から2週間後には、徹夜グループの2晩経過後とほぼ同じレベルにまで働きが下がってしまったのです。その上で、6時間睡眠のグループの人々は、パフォーマンスの低下を自覚していなかったといいます。この実験からわかる通り、睡眠負債は自覚することが難しく、気づかぬうちに脳が弱ってしまうのです。

大脳と体を休ませるために必要な睡眠

 人は地球上の生命の中で、最も知能の高い生き物です。それは他に類を見ないほど発達した大脳のお陰ですが、そのために、人は長時間の睡眠と休息を必要としています。睡眠は大脳の発達具合によって異なっているのです。例えば、マグロの脳はビー玉ほどの大きさで、睡眠時間は10秒もいりません。それに対して8時間の睡眠時間を必要とする人。圧倒的な差があることが分かります。

 生存のための機能を司っている脳幹は、疲労がたまると大脳に休むように指示を出します。それが「眠気」です。日々、多くの情報を取り込み思考し続けている人間の大脳は、放っておくとオーバーヒートしてしまいます。人は睡眠によって脳の機能を維持し、体調を整えているのです。

 睡眠負債は積み重なっていくと、脳の機能低下だけでなく、がんの発症リスク上昇にもつながるといわれています。自立神経が乱れ、ホルモンバランスも崩れ、アレルギー疾患や肥満、糖尿病など、あらゆる病気の引き金となりかねないと考えられています。

睡眠負債の改善方法は「いつもより早く寝る」

 睡眠に必要なのは「時間と質」です。「少し目を瞑る」「居眠りをする」「週末に寝だめする」といった行為では、睡眠負債は簡単に取り戻せません。まばらに睡眠を取ろうとすると、逆に生活リズムが乱れ、負債は帳消しにならず少しずつ積み重なっていくことになります。

 であれば、どう「睡眠負債」を解消するかということになりますが、改善方法は「長く睡眠時間を確保する」ということです。お風呂を早めに入り、カフェインの摂取を押さえて、就寝前1時間はスマホの電源を切って布団に入る。至ってシンプルです。

まずは1週間の早寝チャレンジを!

 しかし、人はこの発達した大脳を有しているからこそ、意志でもって睡眠を妨げることができてしまいます。睡眠を欲する脳幹と、睡眠を妨げる大脳。まるで矛盾した脳の機能は、そのまま人間の矛盾に通じているのかもしれません。

 かつて往年のコメディアン・植木等は「わかっちゃいるけどやめられない」と歌いました。分かっているなら夜更かしはやめなければならないのですが、そうも行かないのがわたしたちです。例えば、家族や友人、同僚の方々と声をかけ合って、まずは1週間だけでも早寝にチャレンジしてみてはどうでしょうか。

<参考サイト>
・NHK:睡眠負債が危ない
http://www.nhk.or.jp/special/sleep/detail.html
・世界睡眠会議:最近の注目ワード「睡眠負債」のメカニズムを知っておこう
https://suiminkaigi.jp/tips/tips-suiminfusai
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一般社団法人今井むつみ教育研究所代表理事 慶應義塾大学名誉教授